気付くと、ベロニカは人目に付かない所で円状になった一行に囲まれていた。 男と女、青年から中年までの年代の十人近い人数。 この町、グロッタの荒くれ者――恐らく、大半が盗賊だろう。 リーダーと思わせる体格の大きい一人が持つものを追って、ベロニカは後を付けてきた。 勇者一行はこのグロッタの町で休息を取ろうと宿を取り、それぞれ自由行動とした。 一番早く宿に戻ったのがベロニカだった。 彼女はその時、偶然にも目にしてしまったのだ。 今囲んでいる者達の一部が男性陣の部屋に侵入し、勇者の装備品である勇者の剣を二本盗んでいく場面を。 人数が多い事から見つかるとまずいと思ったベロニカは、こっそりと盗んだ者達の後を付ける事にした。 気付けばそこは、町の中で最も人目に付きにくい場所で。 ベロニカが後を追うその後ろで、更に尾行されている事に気付けなかったのだ。 「アンタ達、それがなんなのか知ってるわけ?」 内心微かな焦りを感じつつ、冷静に盗賊一行との会話を試みる。 知らねえ、売ったら金になる、などの声もあれば、売らずにコレクションに加えようとの声も聞こえてきた。 一つ一つの言葉に、ベロニカは怒りを感じずにはいられない。 罰当たりな事を、そう思うと同時に、大切な人が愛用している大切な剣を、と苛立ちを覚える。 このまま呪文を唱え、盗賊一行を吹き飛ばしてしまいたかった。 しかし人目に付かない所とは言え、ここは町の中だ。 近くに盗賊以外の住人が絶対にいないとは限らない。 更に、盗賊一行に囲まれた状態だ。 下手に動けば、いくら天才的な魔法を扱えるベロニカでもただでは済まないだろう。 不覚だと強く思った。 尾行されているなど、尾行している時は思いもしなかったのだ。 汗が一筋流れるのを感じた。 一か八かのベロニカの魔法とリーダーの合図で盗賊一行が動き出す――それは、ほぼ同時だった。 そんな時、宙からベロニカでも盗賊一行でもない、別の影が現れた。 その影はベロニカの前に舞い降りると、巨大な剣をベロニカに当たらぬよう思いっきり強くぶん回す。 盗賊一行はその攻撃で見事後ろへと吹き飛び、ある者は壁へと背中をぶつけ、またある者は頭を打った。 指示を出しその場から動かずにいた一行のリーダーは、両手に持っていた剣を強く握ると、舞い降りた影に対抗しようと構える。 だが巨大な剣を持った影――青年の姿をしていた――勇者、イデアは片手でそれをリーダーに向けると、険しい顔で睨み付け言葉を放つ。 『ベロニカに手を出すな。……許さない』 いつだって穏やかでおっとりしている優しい勇者の、強い怒りが込められた低い声。 そんな初めて見る、聞く勇者の一面にベロニカは驚かずにはいられなかった。 同時に高鳴りを感じる鼓動。 彼女はぽかんと口を開けてしまった。 リーダーは悲鳴をあげながら二つの剣をその場に落とし、一行を置いて逃げ出す。 そんなリーダーの後を追うように一行も立ち上がると、逃げるようにその場から走り去っていった。 誰もいないのを確認し警戒を解くと、イデアは地面に寂しそうに佇む二つの剣を元いた場所、鞘へと納める。 そうしてようやく、ベロニカの姿を瞳に映した。 普段見せている、穏やかで優しい表情で。 『怪我はないかい…?』 「え、ええ……」 言いたい事がたくさんあるはずのベロニカだが、今はそれを言うのが精いっぱいだった。 良かった、とイデアは安心した様子で微笑みを浮かべる。 一時の沈黙が生まれたが、ようやく落ち着いたベロニカはその沈黙を質問で破った。 何故ここがわかったのか、と。 聞くと、イデアは尾行するベロニカに尾行していた賊の更に後ろを尾行していたと話した。 イデアはベロニカの後に少し遅れて宿に戻ったが、その時ベロニカと賊を見かけていたらしい。 部屋に戻ると勇者の剣の姿が無い事で一連の流れを察し、一番後ろを尾行していたとの事だった。 イデアの手に相変わらず握られたままの、巨大な剣――両手剣。 ベロニカはそれを見てため息を吐くと、両手を腰に当てて声を出す。 「イデアのばか……両手剣は得意じゃないって言ってたじゃない……」 ため息を吐いてそう言ったベロニカだが、心から心配しているのは誰が見ても分かった。 そんなベロニカの気持ちを嬉しく思い、イデアは跪いてベロニカと目線を合わせる。 慌てていたから、と彼は照れくさそうに笑って見せた。 そうして続けて口にした――ありがとう、と。 得意としない両手剣を使ってまで少女を助けた事。 普段見せる事の無い一面――怒りを見せ、一行から守ってくれた事。 少し前まであんなに頼りないと思っていた勇者はすっかり成長し、今では少女の隣にいる存在、恋人へと変化している。 「……ありがと、イデア」 少女は明るく、そして優しく笑って見せる。 心からの感謝の気持ちと想いを込めて、勇者に、愛する人にそう伝えるのだった。 2017/11/13 我が家の勇者様は両手剣の扱いが苦手。 それでも愛する人を守るためならそんな事関係無しに戦っちゃう。 二度目の命の大樹では苦労していたタイプです、両手剣スキルには何一つ振ってなかったので(苦笑) [*前] [TOPへ] [次#] |