今出来る精一杯の想いを


確証があるわけではなかった。
しかし彼女の中の何かが、彼女自身に強く訴えている事が確かに感じられたのだ。

“何かが起きる”と。

それが良い事なのか悪い事なのかはわからない。
朝日が昇ったその時、彼女を含めた勇者一行は、今も変わらず空に浮かび続けている命の大樹へと赴く事になる。
大樹は優しい光を放ち、周りに浮かぶ星々の灯りが大樹を一層美しく見せているように思えた。

――彼女は、ベロニカは中々寝付けずにいた。
先程までセーニャと少し話をしていたが、先にセーニャは眠りについてしまう。
その隣に寝ていたマルティナも寝息をたて始めた時、ベロニカは二人を起こさぬようテントから出てきていた。

テントから出た時、ベロニカの目には先客の姿が映った。
先客は青年の姿で、穏やかな川のようなサラサラヘアが特徴である勇者、イデアだった。
彼もどうやら寝付けないようで、空に佇む大樹を何も言わずに見上げていた。

風が吹き、始祖の森の木々の葉が擦れ合って音楽を奏でる。
それに乗るかのように、ベロニカはイデアに声をかけた。

「……イデア、眠れないの?」

若干驚いた様子でイデアは振り向き、ベロニカを見ると微笑みを浮かべた。
ゆっくりと頷いて眠れない事を伝えると、彼は先程まで燃えていて今は静かに煙のみあげている薪に再度火を灯した。
メラ、と呪文を静かに口にして。

温かな炎が、青年と少女を照らし始めた。
二人は丸太の椅子に座り、暫く沈黙する。
揺らめく炎を見つめたり、空に輝く星々を見つめたり、明日の事を考えたり。
明日の事は、互いに考えずにはいられなかった。
空に浮かぶ大樹へ赴き、ウルノーガと呼ばれた悪を打ち倒すための何かを得る事が出来る。
そうしてウルノーガを探し出して倒し、世界に平和が戻るのだろう、と。

しかしベロニカの中の何かが、彼女に何かを訴えている。
彼女はそれを感じずにはいられなかった――紛らわせようとしても、それは彼女の心の壁を擦り抜けるかのように何度も訴えてきた。
その訴えは、始祖の森に辿り着き、命の大樹に近付くにつれて次第に強くなっていた。
今も、その訴えは止まる事を知らないかのように、彼女に訴え続けている。
まるで何かを伝えたいかのように――もう一人、彼女の中にもう一人違う彼女がいるかのように。

ふと、イデアが命の大樹を見上げた。
何かを言う事もなく、ただじっと見つめ続けている。
そんなイデアを見続けるベロニカ――そうして立ち上がると、彼女はそっと青年の元へと歩み寄る。

青年が、背中に重みを感じた。
顔の向きを大樹から背中へと向けられるだけ向けてみると、青年の背中には少女の頭が預けられていた。
表情は見えず、少女が被った真っ赤な帽子が表情を隠していた。
草花が生えた地面だけが、少女の表情を窺っている。

『ベロニカ……?』

優しい、穏やかな声で少女の名前を呼ぶイデア。
ベロニカは相変わらず俯いたまま、イデアの呼びかけに返答することもない。
再び二人に訪れる、暫くの沈黙。
イデアはそのまま動かず、静かに目を閉じて背中の重みを、ベロニカが預ける頭の重みを噛み締めた。
ベロニカもそっと目を閉じ、イデアの背中に頭を預けたまま背中から伝わる彼の暖かみを感じていた。

「……イデア」
『何だい……?』

ようやく口を開いたベロニカ。
相変わらずそのままの体勢で、風を感じ、木々や草花が奏でる音楽を聴きながらイデアは耳を傾ける。

「今は……今だけは、何も聞かないで」

風の音にかき消されそうな程、ベロニカの声はか細いものだった。
どこか寂しげで、もしかしたら泣いているのではないかとも感じさせる弱々しい声。
ベロニカの行動と言葉が気にならない、と言えば嘘になった。
何故この状況なのか、何故弱々しい声なのか、一体彼女に何があったのか。
普段強気で明るく、大人や男性にも負けずに勇ましい姿を見せる彼女が眠れなくなる程の事があったのか。
イデアは強く気になった、しかしベロニカの願いを断るわけにはいかない。

イデアが好いている彼女の願いを断って、何があったんだい、と彼が聞く事はなかった。
ただ黙って頷き、暫くその状態を続けた。

空に浮かぶ大樹と星々が、二人の姿を見守っていた。
始祖の森の木々が二人を優しく包み込んでいた。

何かが起きる、その訴えを紛らわせるかのように。
その訴えが現実になって何かが起きたとしても、悔いのないように。

いつからか、今背中を貸してくれている勇者を好いているのだと気付き、しかし認めてはならないと思いながらも。
ベロニカは、イデアの優しい背中に暫く頭を預けるのだった。

2017/11/14

最初の命の大樹で起きる出来事をベロニカちゃんは無意識に悟ってて、警戒してて。
何が起きても悔いのないように、勇者だけに弱い姿を今だけ見せる。
今出来る精一杯の想いを出来るだけ遠まわしに伝える、勇者に密着して……そんな感じのベロニカちゃんなお話。
過ぎ去りし時を求めに来た時、イデアはベロニカちゃんの行動で無意識に悟っていたんだと初めて分かったんだったらいいなぁって。


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