少女の膝の上に頭を乗せ横たわる青年。 傷だらけになった顔は、苦痛に耐えた事が見る者の瞳に伝えられる。 ぐったりしているのは一目瞭然だった――青年は全く、動く気配がない。 そんな青年に杖を当て、祈り続ける少女――ベロニカ。 無駄だとわかっていた、これ以上祈り続けても。 わかっていたが、とても受け入れる事など出来なかった。 “青年が二度と目を覚ます事がない”なんて。 俯く彼女の前には、青年の相棒であったカミュや双子の妹セーニャを始め、仲間達が戦いを繰り広げていた。 禍々しいオーラを放つ、ベロニカ達の何倍もある巨体な姿である邪神、ニズゼルファと。 ある時は攻撃、ある時は呪文。 いくつもの声や音が辺りに響き渡るが、ベロニカの耳には何一つ届いていなかった。 彼女の祈りも虚しく、青年――勇者“であった”イデアはぴくりとも動かない。 「……ねえ……イデア、起きなさいよ……」 くしゃくしゃになったベロニカの顔。 瞳からは、いくつもの涙がとめどなく零れ落ちる。 それは頬を伝って下り、青年の瞳へと落ちていく。 少し前まで傷だらけになったその顔に傷は無く、優しい、穏やかな表情を見せてくれていたイデアの顔。 今やその面影はなく、先程まで共に邪神と戦っていた事までもが嘘のように思えた。 邪神の強力な攻撃。 それから仲間を庇う様に、イデアはそれを受けてしまう。 癒しの魔法を得意とするセーニャが駆け寄り治療しようとしたが、その時彼女は何かを悟るように姉に治療を託す。 セーニャは嫌でも気付いてしまっていた――もう、イデアが助からない事に。 その様子に、ベロニカが不安を覚えないはずがなかった。 癒しの魔法を得意とするセーニャの様子がいつもと違う、更には癒しの魔法を得意としない自分にイデアの事を託したのだ。 ベロニカは察した――受け入れがたい現実を。 二人を守るように戦い続ける仲間達。 仲間達に限界が来ているのは分かっていた。 分かっていたが、ベロニカも既に傷を負い、魔力も尽き、立つ事も出来ない状態。 ボロボロで動くことが出来ない事に悔しく思い、膝の上で動く事のない青年の姿にベロニカは悲しみで今にも押し潰されてしまいそうだった。 「……イデア……」 頬に自身の頬を重ねるようにすると、ベロニカはとめどない涙を瞳に愛する者の名を呼んだ。 返事はない――あるはずがない。 既に、イデアはそこにはいないのだから。 “邪神を倒したら二人だけで旅をしよう” “ベロニカが、好きだ” 彼女の頭の中にフラッシュバックする、愛おしい者の姿と声。 実った想い、約束した旅は、目の前にいる邪神によって粉々に砕け散った。 愛おしく輝かしかったそれはもう、叶う事の無いものへと変化していて。 ベロニカの心に生まれた邪神に対する感情は“怒り”だった。 「――アンタなんかが、いるから……!!」 尽きたはずの魔力がベロニカの中から溢れ出していた。 イデアの左手に浮かぶアザが光を帯びている――まるで、ベロニカの背中を押すように。 彼女の身体は、神々しい光に包まれていた。 次の瞬間仲間達が目にしたのは、邪神に放たれる少女の膨大な魔力だった。 それを最後に、ベロニカの意識は途絶える。 彼女が次に気付いた時、ベロニカの目の前には“イデアがいた”。 先程まで見せていたぐったりしていた様子は全くなく、普段と変わらない穏やかな表情を浮かべている。 彼女は青年の元へと歩み寄りながら願った――これが夢なら、どうか覚めないで、と――。 2017/11/10 邪神敗北ルート。 この後邪神に勝利したかはご想像にお任せいたします。 [*前] [TOPへ] [次#] |