name of scarlet

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(※ムウシャカ話2つとリンクする話です)


太陽が南中からやや西へ逸れ始めた頃、アテナへの謁見を終えたミロは黄金の爪先を鳴らしながら双魚宮から宝瓶宮へ続く階段を下りていた。
昨日肩パーツの一部にひびが入ったままだった事に気付き、土壇場でムウに部分修復を頼んだ時はどうなる事かと思ったが、流石職人魂と言うべきか今朝にはすっかり直してくれた。
頭を下げて頼んだ際にゴミ以下のような視線で見下ろされたような気もして、それに関してはもう二度とこんな納期ギリギリで頼んだりはしないと心に誓ったが、今のミロはすこぶる機嫌が良かった。
と言うのも先ほどの謁見において、アテナが次の調査と慰安訪問にはカミュと共に行くようにと指示を下したためである。
生前(と言うのもミロにとってはあまり語感と実感が伴わないが)お互い任務がこなせるまでに成長した頃には、カミュは既にシベリアで弟子育成の命を下されいて、彼は他の聖闘士のような遠征任務からは特別に除外されていた。
それ故にミロはアルデバランやシャカやアフロディーテなどとは良く組まされた事はあるものの、無二の親友であるカミュとはとんと遠征と言うものをしたことが無かった。
勅命の任務であるのだからそこに浮き足立った感情など厳禁なのであるが、この平和な世界の中でカミュと共にいられる時間が増える事が単純にミロには嬉しい。
恐らくこれがもし人殺しを伴う生前の任務であったならば、もっと複雑な感情だったかもしれなかった。
アテナは後日カミュも含めて直々に書類として指示すると言っていたが、ミロ自身がこれを黙っていられるはずは無く、こうしてカミュが守護する宝瓶宮へ足を踏み入れるわけである。

「カミュ」

入口に人気は無かったがミロは軽く名前を呼んでみる。
返答はなく、確信して宮中へ足を進めた。
宮の奥の少し逸れた扉を開ければ、そこに主の居住空間が広がっているのはミロを始めとする他の宮でも同じ事である。
宝瓶宮の場合はさらに横付けするように先代が遺した巨大な書庫が設置されているのだが、そちらの方には気配は感じられない。

「カミュー?」

扉を開けてすぐにあるリビングのような場所で、大抵カミュは本を読んでいたり爪を整えたり書類と睨めっこをしていたりする。
ミロであれば休みの日は訓練生の様子を見物しに行ったり街で新しいDVDやゲームがないかチェックしたりなど気ままに遊ぶのだが、生来大人しいカミュはこの居間で自分の時間を過ごしているのが殆どだ。
しかし今日はそこに彼の姿は無く、まるで主がいない事を寂しがるように、無駄にクッションだらけのソファの一か所がぽつんと空いていた。
さて、こうなると部屋が多い黄金聖闘士の住処では直感だけで主を探すのは難しくなってくる。
静かに小宇宙を燃やして、ミロはカミュの位置を探る。
気配を感じる方向へ歩みを進めていく内に段々と見当がついてきて、ミロはほくそ笑む。
廊下を抜けて奥にある一室のドアを開け、静かに閉めた。
果たしてミロが探していた宝瓶宮の主はそこにいた。

「・・・珍しいなー、お前がこんな時間から」

カミュは大きなベッドの上で綿毛布にくるまり、丸くなって寝息を立てていた。
常日頃からひんやりと冷たいカミュの周りの空気は今はまどろんだように温く、洗い立てのシャツのような清潔感のある彼の匂いが漂う。
僅かに聞こえる寝息と上下する体が良く見えるように近付いて、ミロはその寝顔を覗き込む。
きりっとした怜悧な美を携える顔が緩んでいて、どこか年相応以下にも思えるあどけない表情を作っている。
それはきっと普段の彼とのギャップから感じるのだろうか。

「俺の夢とか、見てくれたりしないの?」

凶器となる爪を隠した右手の人差し指で、白い頬へそっと触れる。
指先よりも熱い温度が返ってきて、ちくちくと胸を刺激する衝動をミロは押さえ込む。
カミュがか細い声を出して身をよじり出して、手を引っ込めた。
元通り規則正しい寝息を立てるカミュの傍ら、ミロはベッドの下に座り込むと顎をシーツの上に乗せた。

「お前、俺だと思って目覚まさないの?もし敵だったらどうすんだか」

聖戦も終わったこんな聖域のど真ん中のしかも入口からは程遠い宮で、もしもも何もピンポイントで敵襲など冗談に過ぎないが、ミロがカミュを見つめる視線の奥には何処かわだかまるものがあった。
そう、無二の親友を見つめる視線としてはわだかまり過ぎる視線で。

「・・・俺、お前が思ってるほど安心できるようなヤツじゃないかもしれないんだぞ」

シーツの上からこぼれている彼の赤い髪を手に取る。
量も嵩も多くて跳ね放題な自分の金色のそれとは違って、指の腹の上で水のように転がるカミュの真直ぐな髪の毛は昔から美しいと思っている。
これに鼻を近づければ、あの清潔感のある香りが鼻腔を満たしてくれるのだ。
心行くまでこの香りを嗅いでみたいとミロは思う。
じゃれたり飛び付いたりそういう馴れ合いの中での冗談を理由としてこじつけずに。カミュが寝ている時を見計らう、彼の知らない時間の中で許される行為としてではなく。
ただ二人まどろむ空間の中で、談笑をするように自然に彼を独占したい。
自らが赤く灯す15の光のようにミロはもうずっとその思いを胸中で燃やし続け、持て余している。
カミュ、と声には出さずに呟き、前へ垂れた髪を掻き上げ耳の後ろへ引っ掛けてやる。
そうして露わになった白い頬骨を包むように掌全体で彼に触れる。

「(カミュ)」

もう一度息だけでその名前を口にする。
死別、敵対、再会を経験したミロにとって、カミュの名前を呼ぶのは至福に等しい。
墓の前で名を呼ぶのとは違う。二度と会えぬと覚悟した最も大切な人間を前にこうして名を呼ぶと言う行為自体がミロの心を満たすのだ。

「(俺の想いが伝わろうが伝わるまいが、本当はそんなのどうだっていいんだ。お前が俺の隣で息をしてくれているなら、今はただそれでいいんだ)」

無意識に掌は頬を撫でるように動いてしまっていたらしい。
伏せられた睫毛が震え始めた事に咄嗟に気付き、慌てて手を離した。
重たげに瞼が持ち上がり、血液の色を透かす瞳が緩やかにミロを捉える。

「・・・・・・・ミ、ロ・・・?」

覚醒したばかりの甘いトーンがミロの名前を呼ぶ。
生まれ付き射光に強くない赤目は金色の鎧を纏う蠍座を前にして眩しげに瞳を絞った。

「悪い、起こす気は無かったんだけど」
「・・・・・・・いや・・・、私も別に・・・寝るつもりでは・・・」

目をこすりながらカミュが身を起こして、初めてその下敷きになっていた文庫本の存在に気付く。
どうやらベッドで寝転がって本を読んでいる内に寝てしまっていた・・・と言う事らしい。
普段から潔癖然としている水瓶座の、他者には絶対見せないだろう少し弛んだ面を目の当たりにしてミロは嬉しく感じた。
低血圧なカミュは未だに覚醒しきれずベッドの上に座り込んだままぼんやりとミロを見詰めている。
何とも言えず抱き締めたい衝動に駆られ、自分が聖衣を着ている事も忘れてミロはカミュへ思い切り抱き付いた。

「起きろカミュ!!」
「・・・っ!?こら・・・!!何を!」

肩口を通り越してうなじの辺りへさり気なく鼻を近付けて、いつもより少し高い体温と彼の匂いを堪能する。

「起きたか?」
「私はとっくに起きている・・・!だから離れろ!聖衣を着たまま思い切り抱き付く奴があるか!」
「はは、悪い悪い」

悪いなどと思っていないのだろうと文句を言う声を耳にしながら、ミロは名残惜しくも身を離す。
寝起きな上に突然の事で驚いたのだろう、心なしかカミュの頬は紅潮していた。
それを自分に都合のいいように解釈してしまいそうになる思考回路を、ミロは笑顔の裏にひた隠す。

「なあカミュ」

(お前に言いたい事も、言いたくても言えない事もたくさんあるんだ)
(次の任務の事だとか)
(今日はこれからどうするつもりだとか)
(俺と共に過ごさないかとか)
(俺はお前が好きだとか)

言いたい事は言いたいままに、言えない事は言えないままに、ミロは口を開く。
愛しい赤色が目を開いて続く言葉を待っていてくれる限り。
されどいつかはと、気の遠くなるような夢を見ながら。
ミロは彼の名前を呼ぶ。


[fin.]


  

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