bad morning, good morning

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「・・・・・・おぁようございます・・・」
「・・・朝っぱらから随分禍々しい挨拶もあったものだな」

朝の挨拶と共にテーブルについたのはこの白羊宮の主、ムウである。
ただし、今の彼は天駆ける黄金の羊の如く云々と言われる普段の彼からは程遠い。
目の下に隈をつけ、明らかに「寝不足です」と言わんばかりの疲弊しきった顔で、あくびを交えながら、と禍々しいと言われても仕方が無い困憊のリズムが三拍子揃っていた。
それに皮肉を交えながら凄まじいものを見たような表情をしているのは、白羊宮からは程遠い処女宮の主、シャカだ。
本来であれば、此処にいるはずがない彼が平然と朝の風景に馴染んでいるのには、話すと長い訳がある。
先の聖戦を経て女神の祝福で改めてこの地へ蘇ったは良いものの、他の宮に比べて全壊状態にある処女宮は瓦礫に草地と化しており、生前彼が住んでいた居住スペースは跡形も無く消えていたのである。
シャカ自身は野宿だろうが何だろうが構わないとは言ったのだが、聖戦を経てその結束力を以前にも高めた他の黄金聖闘士達や女神が納得するはずもなく。
特に成り行きとは言え処女宮とシャカ自身を木端微塵に散らすに至ったサガとシュラとカミュは、シャカが野ざらしで生活するのに自分達が屋根の下で生活していい訳がないと、我先にと己の宮の住処を明け渡す交渉に出た。
されど守護者が自宮をまるまる他人へ預け渡していい訳が無く、せめて同居と言う形を取ろうと言う妥協案にしても、件の面倒臭い真面目さを持つ三人とシャカが生活を共にした所で、向こうが気を使い過ぎて疲弊するのは目に見えている。いかに唯我独尊を謳われるシャカ自身とて精神的に居心地が良いものではない。(特に双子座に関しては罪の意識が尋常ではない)
そこで居候と言う形で一時的にでも同居を受け入れると申し出たのがムウだった。
ムウとシャカは生前から気心の知れた同胞であったし、聖戦時もシャカが己の数珠と意思を託していたのも彼であった。
そのムウ自身が自ら名乗り出た事で誰が異論を唱えるわけも無く、聖域の体裁が粗方整うまでと言う、ともすれば気が遠くなるような曖昧な期限付きでシャカは白羊宮へ住む事になった。
これが昨日の昼の出来事である。
瓦礫から僅かに取り戻せた生前の生活品や少しの衣類を携えてムウのもとに来たのは昨日の夕方。
ムウがジャミールに住んでいた頃からたまに会いに行って泊まったりした事はあるものの、ここまで凄惨な彼を見たのはシャカも生まれて初めてで、居候初日の朝から大丈夫なのだろうかと心配せざるを得ない。

「修復明けなんですよ・・・昨夜急にどこぞの蠍座に頼まれましてね・・・。今日の昼に女神に謁見する予定だったのに、以前の任務で破損した箇所を私に頼むのを忘れていたそうで・・・全く・・・馬鹿は死んでも治らないとは良く言ったものですね、日本の諺は良く出来ています・・・」

どこぞの蠍座、の部分を強調しながら徹夜明けの牡羊座は清々しい朝の食卓で愚痴をこぼす。
ひとしきり怒りに満ちた小宇宙を八つ当たりのように垂れ流した後で、ようやくテーブルの上の皿に気が付いたようだった。

「・・・おや・・・?これは・・・、君が作ったのですか?」
「私は習慣上5時には目が覚めてしまうのでな。君はまだ目覚めていないようだったし、腹も空いていたので冷蔵庫を漁って適当に自前のスパイスで作った。・・・口に合わなくても文句は言わないでくれたまえよ」
「いえいえ、文句なんて誰が言いましょう。有難う御座います、いただきますよ」

この時ばかりは最も神に近いと云われている目の前の友人を拝むように手を合わせ、ムウは箸を手に取った。
シャカ自身の食事観からか野菜と穀物ばかりで、炒め物と和え物と言う言葉通り簡単なものだったが、彼が愛用するカレー粉や香辛料が舌にも鼻にも溢れんばかりの食欲を与えてくれる。

「ああ、美味しい・・・美味しい。聖衣修復明けに手料理が食べられるなんて思ってませんでした・・・」
「・・・・そこまで感動するものかね?5〜6分で出来るようなものばかりだぞ」
「いえ、もちろん普段は私も自分で栄養考えて作るんですがね・・・。ただ、修復のスケジュールが入っている間はそんな気力なくて・・・殆ど起きて作業して、食っては作業して、作業して寝て起きて、の繰り返しですから。冷凍食品やらレンジで温めるだけのトルティーヤやら買い置きはしてありますし・・・」
「・・・・そう言えば冷蔵庫に4つほど入っていたな・・・、トルティーヤが」
「ええ、あれ朝食用にアテネ市街のコンビニで昨晩買って来たんですよ。急でしたし、君が朝食を作ってくれるとは思っていなかったので」

私が作らなければあれが朝食になっていたのか・・・、とシャカは溜息を吐いた。
別に菜食主義者ではないし食べられないと言う訳ではないが、朝からあのような大量のチーズと肉だけの食糧を食べたら自分なら絶対に胃もたれするだろう。
普段から細かな事に気が付いて冷静沈着なムウだが、時にこういう大雑把な事をするのは矢張り牡羊座と言う星に生まれついた特性かもしれない。
そんなムウ本人が毛嫌いしているらしい、ええい面倒が口癖の隣人と微妙にダブってしまう事はシャカは口に出さないで置く。

「はぁ、御馳走様でした。相変わらず君のスパイスのチョイスと配分は完璧ですね」
「本当ならあと数十ほど種類がある中から選ぶのだが・・・、傷んでいないものは少ししか無かったのだ」
「また揃えたらいいでしょう。君がいる間に揃えて此処に置いて下さっても構いませんし。でも君はもう少し肉を意識的に摂取した方がいいと思いますけどねぇ・・・冷蔵庫にも入ってたでしょう鶏肉とか」
「・・・・朝から食う気になれぬだけだ」
「重めなレシピしか知らないからでしょう、きっと。今日の夕飯は鶏肉も含めて私が作りますよ、あっさり食べられるような物にしましょう」

まあ鶏肉程度なら、とシャカは受諾する。
食物を口に入れて気分が楽になったのか、口元を手で押さえながらムウは大きな欠伸をまた一つする。
相変わらず隈のついた目が痛々しい。

「顔でも洗ってさっぱりしてから一眠りしたらどうかね。パンドラボックスの場所さえ分かればミロには私が渡しておいてやっても良い」
「ああ・・・ではお願いしましょうか・・・。ついでに小言の一つでも言っておいて下さい。次に土壇場で聖衣の修復を頼むような事があったらその場で貴方の血液全部頂きますって」

思い出したせいか、また眉間に皺を寄せて憎たらしげにムウは言う。
それはもう死ねと言ってるのと同じだろうと人の機敏に鈍いシャカも心中でささやかに呟いた。
自ら防御壁を張れるシャカは任務で聖衣が傷ついたりなどと言う事はあまり無いが、それでもサガの乱後の聖戦前後は自主的に動向調査に向かう事も多く、ムウの聖衣修復の世話になることも何度かあった。
その際は自分の採血の他にムウ自身も必要量の半分ほど血を分けてくれた。そのムウがここまで嫌味たらしく怒りをこぼす程に、聖衣修復と言うものは体力と神経を使うものなのだろうと改めて思う。
ミロも恐らく土下座も辞さない勢いで頼み込んだのだろうが、あまり同情は出来ぬなとシャカは思った。

「ねえシャカ。昼には起きますから、アテネ市街に下りてみませんか。貴方の衣類も心許ないですし・・・まあ衣類くらいなら私がいくらでも貸しますけど、貴方腰回りだけは私より幾許か細いでしょう?」
「・・・・・・・洋服は締め付けが強くて嫌だ」
「じゃあサリーでも探しに行きましょう。インド綿のお店なら何件かあるでしょうし」
「・・・・・・私が着ているのはサリーではなくて袈裟だ・・・あれは女子が着るものだ」
「構造的には大体一緒でしょう?凝った柄物選ばなければ大丈夫ですよ、大体聖域にサリーと袈裟の見分けがつく人間なんていませんし」
「そういう問題ではない・・・!と言うか2着もあれば暫くなら十分だ。入り用になればインドから取り寄せる」

その返答にムウは大きく溜息を吐いた。
溜息の意味を理解しかねるシャカは自分が何か失言でもしたのかと、若干狼狽えながら眉間に皺を寄せる。

「・・・もう、貴方は本当に鈍いですね。こうしてまた共に談笑が出来るようになった最愛の友人と市街を散歩してみたいと言う事ですよ。つまり私のエゴです」
「・・・・・・君が私にエゴを求めていたとはな」
「私は気のおけない最も信頼する人間に対しては、自分の我が儘に忠実なんですよ。シャカ」

ムウは目を細めてそう言うと、テーブルの上で茶器を包んでいたシャカの左手を両手で包んだ。
つい数刻前まで鎚と鉱石と戦っていたムウの手はいつものような柔らかさはなく、シャカの整った白い手を包むかさついて平らになった白い掌は、それでもなお温かい。
ね、と承諾を促すようにムウは小首を傾げて笑う。

「・・・君がどうしてもと言うなら、仕方あるまい・・・」
「どうも有難う御座います」
「今の私は曲がりなりにも居候の身分だからな」
「嫌な事言わないで下さいよ、私が強いたみたいじゃないですか」
「半分は強いていたも同然だろうが・・・。まあ、だがスパイスを揃えるなら良い機会だ。・・・言っておくが衣類は買わぬぞ」
「おや、それは残念」

全く残念では無さそうに、ムウは心から嬉しそうに微笑んでいた。
人と、それも自分と出かけると言うだけの事がそこまで嬉しいものだろうか、とシャカは疑問に思う。
けれど子供の頃以来、あまり心から笑った顔を見せなかった友人の屈託のない笑顔は、そんな疑問などかき消してしまう。

「目覚めは最悪でしたけど、最高の日になりそうです」

包み込んだ掌にそっと友情以上の感情を潜ませて、寝不足の羊は最高の笑顔だった。



[fin.]


  

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