honey - epilogue
真紅のスーツに染みひとつない白いコートを羽織り、目深に被ったキャップと黒い革手袋。
大将赤犬の足元には、いつだって白い、ようく見れば黄色い獰猛そうな獣がまとわりついていて、彼の一言に応えてそこらじゅうを駆け巡る。
彼女はとにかく速かった。誰だって彼女に追いつくことはできない。彼女が止まるのは大将が彼女の名を呼ぶときくらいで、よく通る声をよく聞こえる耳で捉えれば、速度を緩めて彼のもとに戻っていく。

「ジョアナ」
「はーい」
「今からそんなに走り回るな。くたびれるじゃろうが」
「えー、大丈夫ですよ。まだまだいけます!」

大勢の海兵の居るオリス広場でその人の波を縫うように駆け抜け、人型に戻ったジョアナはそれでも息を切らすことなく赤犬の後ろに従った。彼と同じように白いコートを翻し、にこにこと笑いながら彼の後頭部を見上げていた。これから戦場になるこの場ではいささか不釣り合いにも見えたけれど、誰もそれを気にするものは居ない。
ただ目の前に居る男だけはひどくそれを気にしていて、彼は足を止め振り返り、右の手袋を外してジョアナの頬と髪に触れると眉をひそめて口を開いた。

「…大丈夫か」
「今そう言ったじゃないですか!見かけによらず心配性ですねえ」
「…ついて…これるか?」
「そこは『ついてこい』ってかっこよく言ってくださいよ!」

けらけらと笑う彼女の髪を撫で、大将は苦笑した。彼の大きな掌に頭と頬を擦り付け、ジョアナはまた気持ち良さそうに目を細めて喉を鳴らした。
それを遠目に見る二人の男が、どちらともなくため息を漏らして肩を竦める。

「なんだいあれはァ…こんなとこでいちゃついてんのか〜い」
「場と立場をわきまえろ、と伝えてきましょうか…」
「ンン〜?ジョアナちゃんに?」
「二人ともです」

赤犬の事務官がいらいらと指先でライフルの銃床を叩く様子に、黄猿は目を見開いてまじまじと彼を見つめた。言うねえ、と感心したように呟くと、言いますとも、と応えたトニーが両目を細めて向こうを見やる。

「もう一度言ってあるんですがね」
「へえ…え、サカズキにも?」
「はい、一昨日うちの妹がずいぶん目を腫らしていましてね。今後同じようなことがあったら、そのときは覚悟しておけと」
「…怖いねェ」

彼のライフルに込められている弾が海楼石製ではないことを祈りつつ、黄猿は視線をそらして頭を掻いた。


「ジョアナ…」
「金平糖はあとでいいです!もー、まだ何かあるんですか?」
「お前…広場でなくても、近くにおりたいんなら一緒に来るか…?」
「私なんかがあんな目立つとこにいられるわけないじゃないですか…」
「なんならクザンの席は取っ払わせる」
「いやいやいや…」

冗談なのか本気なのかわかりにくい大将の言葉に、ジョアナは大袈裟に手を振って呆れた顔をした。
近くにいなくっても大丈夫、あなたが見ていてくれているのがわかるから、と何度も彼に言い聞かせ、獣の姿に化けた彼女は目にも留まらぬ速さで階段を駆け降りていった。
配置につく時間が大幅に遅れてしまっていたのだ。それが、大将のひとりに引きとめられていたからだなんて言いにくい。怒られるのは私だけなんだから!

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -