町外れに小高い丘があり、オアシスに程近く草木が根付いたその場所は、昔からずっと子どもたちにとって格好の遊び場だった。
届いたときよりだいぶ中身の減った木箱を木陰に寄せ、それにもたれながらペルは目をしばたく。
今日もいい天気で雲ひとつない青空が、やけに眩しく感じる。
何度か両目を拳で擦ってみたが、一瞬ぼやけた後にまた元の風景が戻ってくる。
いや、元よりも見えすぎるくらいに世界が明るい。
熱を持ったようなまぶたをそっと閉じ、幾分か冷たく感じる自分の腕をそこに押し付けた。
さっきそこでみつけたと言う仔猫にじゃれつく女の子たちと、丈の高い草を踏みしめながら何事か遊ぶ男の子たちの声が不自然に間近で聞こえる。
今度はなんだといぶかしみ、彼は腕を退けて頭を左右に振った。

「頭でも痛いの?」
「...痛くはないけど、なんか変だ...」
「大丈夫?もう帰ったら?」

昼を少し過ぎたくらいだから、帰るにはまだかなり早い気がする。
膝の上に乗せた少女の髪を結いながらティティが心配そうな顔をこちらに向けてきても、ペルは帰る気にはなれなかった。
実際具合が悪いわけではなく、なんとなく違和感がある程度なのだ。どうせ、家に帰っても同じことだろう。
大丈夫だよと答え、でも少し昼寝でもしようかなと呟いて再び瞳を閉じた。


しばらくの間まどろんだペルの耳に大きな声が届き、彼は木箱にくっつけていた背を反射的に剥がしてその場で身を起こした。
眩しさに目を細めてそちらを見やると、幾人かの女の子が大きな木を取り囲んで皆一様に梢を見上げている。
何事かと彼が近付いて同じようにすると、葉の少ない枝のひとつに小さな猫がひっかかっているのが目に入った。
先程見つけた仔猫がどうやら目を離した隙に逃げ出し、気づいたときには逃げ場のない樹上へと登っていってしまったらしい。そのまま降りられなくなった仔猫はみいみいと鳴きながら行ったり来たりを繰り返している。

「落ちちゃったらどうしよう!」
「猫だから大丈夫だよ!」
「屋根の上でも走り回ってるしね」
「でもまだ赤ちゃんだし…」

駆けつけた男の子達と言い合う女の子の中でじっと見上げていたティティが手を伸ばしてみても、到底届きそうにない。
つま先立ちになりながらよろめく彼女を横から止め、恐らくこの中で最も身軽で力のありそうなペルが木の節に足をかけた。

「ちょっと、危ないわよ!」
「平気だよ。待ってて」

出来る限り腕を伸ばして太めの枝を掴み、足に力を入れて身体を引き上げる。
その動作を何度か繰り返してするすると登っていくと、揺れる枝につかまった仔猫が今度はじっと丸まって下を覗いていた。
たどり着いたペルが両腿で枝を挟み込み、バランスを取っている間も身動きひとつしない。
一度同じように見下ろしたペルは、思ったよりも高さがあることに気付いて握る手により力を込めた。
ごつごつとした樹皮のお陰で滑らせてしまう心配は無さそうだが、用心に越したことはない。
下からの心配した声に軽く返事をすると、彼は右腕を伸ばして動かなくなった猫を慎重に捕らえた。
瞬間、今まで大人しくしていたのが嘘のように暴れ出した仔猫が身をよじり、腕から逃れようとする。
ペルは思わず両手でそれを抱きしめ、青い空が逆さになる様子をコマ送りで見るように瞳に映した。

「危ないっ!」

誰かがそう叫ぶのと、落ちると認識したペルが不自然な浮遊感に包まれたのが同時だった。
固い地面に激突すると思った背中の筋肉が、今まで感じたことのないようなしなり方をしている。
そして、覚悟していた程の痛みに襲われることなく、地面と自分との間に何かが挟まっているような妙な感覚に、ペルはぎゅっとつむっていた目を恐る恐る開いた。
その先には、驚いたような恐れるような顔をした皆が彼を取り囲んでいる。

「羽根…」
「羽根?」

言われたペルが困惑して問い返すと、薄茶色の翼がふわりと広がって縮んでいく様が視界の端に入った。
思わずその方向に左腕を動かすと、その腕を通している服の袖に翼が吸い込まれていく。

「…なんだ、これ?」

静まり返った辺りには、右腕から逃れ出た仔猫の鳴き声だけが響き渡っていた。


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