目に見えないもの
幼い時分からよく言われていて慣れっこなはずなのに、改めてこの男から言われるとなんとなく切なさを感じる。
なぜなのか考えても答えは出てこないし、言われて嬉しくないわけではないからちらりと振り返っていつものようにありがとうと応える。

「でも、そんなに私ってママに似ているかしら?」
「そうですね、近ごろは特に」

ひと月前に父親やイガラムからも言われたが、ようやく本調子に戻りつつあるペルと久しぶりに落ち着いた話が出来ると思った矢先にこの話題。
あの時も今までも、こんな気分になったことはなかったのに。
抱えた本を一冊ずつ手渡されながら本棚に戻す作業は退屈だけど、相手の顔を見ることなく作業に没頭するふりができる。

自室に積み上げられていた本の山を片付けようと書庫に向かっていたところ、最近の日課で散歩をしているペルに行き合った。
抱えていた本の半分以上をそこで奪われ、いいのにと言っても聞かない副官に結局手伝ってもらうことにした。
こんな仕事じゃ守護神殿には物足りないんじゃないのと、近頃しきりに隊へ戻りたがるペルに笑いながら問いかけたのがつい先ほどの話。
王からの「命令」で未だ休養中の身である彼は、剣を帯びて宮殿を出ようとするだけで皆から引き留められている。王命は絶対だからな、というのが、からかい半分ながらも同僚を思いやるチャカの最近の口癖だった。
その度に苦々しげな表情をしているペルを知っていたから、朗らかな笑顔でそんなことはないですと答えられ、ビビは少し面食らった。
そして、お母上によく似ておいでだと彼は言ったのだ。

「ねえ、何処がそんなに似ているの?」
「何処が、ですか...雰囲気としか言いようがないですけれど」
「皆色々言うわよ、髪だとか目元だとか、そんなふうに」
「でしたら皆が言う通り、そうなのでしょう」
「ペルは何処が似ていると思ったの?」

色が褪せた背表紙の詩集を手に、同じ著者の棚を探しながら通路を回る。
後ろに従うペルの表情はわからないが、突き当たりの左ですよと言う声はいつも通り穏やかだ。
その声がそのまま続けられる。

「声、でしょうか」
「え?声?」
「はい、確かに髪も目も似ていると思いますが、声音は王妃様とほとんど同じです」

ほとんど同じと言われても、物心つく前に亡くなってしまった母の声をビビは覚えていなかった。
悲しいことに、姿や顔形は昔の絵や写真で見てわかっていても、声だけはどうしようもない。
それをこの男は似ていると言う。十数年前に死んだ王妃の声を未だに覚えていると。
言われた通りに見つかった棚に詩集を押し込みながら、次の本を受け取ろうと左手を差し出す。
胸の奥できゅう、と何かがねじられたような音がしていた。

「よく覚えているのね」
「実を言うと、先ほどと同じ言葉を王妃様からかけられたことがあるのです。それで思い出しました」
「それに、ママのことをよく知ってるわ」
「ご存知の通り、同郷でしたので。王妃様が今のビビ様くらいのお年までは近所の子どもたち全員が遊んでもらっていました」

ふうんと曖昧に返事をしながら最後のひとつを抱えて先へと進む。
結局後ろに従いながらもビビより先にあるべき場所を見つけるペルのお陰で随分とはかどった。
背の高い隼の視線は今度もまた彼女の頭を越えて、中ほどの最上段ですと向こうを指差す。
目は先を見据えていても、思考は在りし日を振り返っているのだろう。
自分がまだ生まれる前、王妃でも副官でもなかったふたりの思い出―…。
そんなことを想像して、またしてもビビの胸の奥でなにかがねじられた。

ただ、背伸びをしても届きそうにないビビに変わって本を受け取ったペルは、彼女が思っているよりもそう遠くはない昔を思い出していた。

歩き始めたばかりの小さな王女は目を離すとすぐ何処かへ行ってしまう。
それを捕まえるのがいつしか日課になっていて、抱き止めた赤ん坊を迎えにきた母親によく言われたものだった。
守護神殿にはこのお仕事じゃ物足りないでしょう。
彼女はそう言って笑っていた。


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