宣戦布告
話があると言って廊下の脇まで連れていかれたペルは、その割りにいつまで経っても黙りこくっている王女に怪訝そうな表情を見せた。
とても思い詰めた様子の王女にこちらから言葉をかけることもしづらくて、じっとそれを見守るしかできない。
何か相談事でもあるのだろうかと考えていた矢先、硬く強張った顔の王女が彼の服を掴んでぐいと力一杯腕を引いたものだから、ペルは思わずバランスを保つために彼女の背後にある壁に片手をついた。
何をなさいます、と言いかけたが一瞬前にその唇が何か柔らかなもので塞がれてしまい、次いで揺れる王女の睫毛が今まで見たこともないくらいすぐそこにあることに気づいてほんの少し思考が止まる。
数秒の後、ただならぬ事態に目を丸くした副官は壁についたままの左手に力を込めて王女から身を離し、ひどく狼狽したまま口を開いた。

「ビビ様…何を…」
「何って…キスよ。したことくらいあるでしょう」
「何故…」
「したかったからよ。ずっと前から」

自分のしでかしたことに耳まで真っ赤になった王女が、それでもさらりと答えていく。
同じように赤くなった副官は結局言葉をなくし、ただただ目の前にいる王女を見つめていた。
何をされたかは理解できる。でも何故そうされたかがわからない。
したかった、ただそれだけなのだとしたら、何故自分と?
考えれば考えるほど混乱するペルに、苦しそうに眉根を寄せたビビがそっと彼に近づいて身を寄せた。
今度は引き離すことも受け止めることもできないペルは、身を硬くして立ち尽くすしかすべがない。

「驚かせちゃってごめんなさい…でも、私ね…」
「ビビ様…」
「私、どうしようもなくペルが好きなの…」

やっとのことで想いを告げたビビは、両目をぎゅっとつむって彼に寄りかかっていた。
ずっと感じたかったペルの体温が彼の服越しにじんわりと伝わり、熱く火照った頬をそこに押し付ける。
耳に響く大きな鼓動が、果たして彼のものなのか自分のものなのか、にわかには判じがたい。

いつから彼に想いを寄せるようになったのか、ビビにもそれは思い出せなかった。
遠い昔から気づけば傍にいた副官に、最初はよくある憧れを抱いていた。
背が高く、優しくて強い空飛ぶ守護神はほんとうに格好良くて、ビビはいつも彼に引っ付いていた。
どんなに我が儘を言っても、どんなに困らせるようなことをしても、決して見放されるようなことはなかった。
いつだって国や父王や自分のことを守ってくれる、誇り高い隼。
失ったと思って心が裂け、戻ったと知ってはち切れんばかりにまた膨らんで。最早隠し通すことも押さえ込んでおくこともできなくなって…。

そのままじっとしていると、身じろぎひとつしなかったペルの喉元が震えた気がしてビビは顔を上げた。
いつもなら必ず目を合わせてくれる彼は、今に限って彼女の鼻先を見つめている。

「ビビ様…私も…」
「…私も、何?」
「…あなたのことが好きです。あなたがこの国を愛しているのと同じように…」
「きっと、そんなふうに言うと思ったわ」

半分泣きそうになりながらそれでも微笑む。

「あなたが何て言うのか、色々考えたの」
「色々、ですか…」
「そう。今のは思ってたよりマシな答えだったから…安心した」

そう言ってすっと身を引いたビビはにっこりと笑った。
笑うどころではないペルはやはりまだ彼女の鼻を見つめていて、歴戦の戦士らしからぬ落ち着かない様子でまごまごしている。

たぶん、受け入れてもらえないだろうことはわかっていた。
拒絶される理由はいくらでもあるけれど、受け止めてもらえる可能性は無いに等しかった。
年齢だとか身分だとか、とにかくそういった理由で彼が断るだろうことは考えるに易い。
言葉の意味をわざと履き違えてかわされることくらい予想していた。だからこちらも行動で示した。
勘違いのふりなんかできないように、目をそらさせないように。

「いいわ、ペル。私の諦めの悪さはこの国一よ。覚悟してね」
「覚悟…?」
「うん。あなたが否と言うまで手を緩めないから」

心優しい副官は、はっきり突き放したりは決してしないだろうけれど。
だからもう少し、甘えさせてもらってもいいのだろうか?


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -