あなたのために
ご成婚から随分時が経ち、未だ世継ぎが誕生しないことを大っぴらにではないにしろ口にするものが少なからず居たわけだから、夏の終りに発表された王妃懐妊の知らせは国中を大いに沸き上がらせた。
誰もが待ち望んだ次期国王が、早ければ年明けにでもご誕生されるだろうという慶事は宮殿内にとどまらず街の隅々にまで染み渡り、誰もが喜ばしい笑顔を浮かべていた。
そんな中、当の王妃自身がふさぎ込んでいる様子なのだと聞かされたとき、ペルは驚きとともに国王を見上げたのだった。

「お身体の調子が優れないのですか」
「いや、身体の方は至って健康なのだが…心の内側に問題があるようでな」
「それは、どういう…」
「あれは滅多に口にはしないが、恐らく郷が恋しいのだろう」

郷が、と国王から言われ、午後の勤務を前になぜ一兵卒の自分がこの場に呼ばれたのかいうことに合点がいった。
王妃と同郷の者ならば副官である伯父の方が身分的にも近しいのに、その伯父から昼食時に呼び出された事を考えると自分が昔なじみだと言うことを国王が知っているからに違いない。
実を言えばまず呼ばれた副官が自分より適任者がいると進言したためにこうなっているし、国王もそうなるだろうとなかば予測して副官に声をかけたのだが、ペルには知る由もない。
この時期の常であるマタニティブルーなら経験も知識も豊富な女官が幾人かいたが、今回の件に関しては彼女たちの手には負えないだろうと王は判断したのだ。
ほんとうは、自分自身が慰めてやれればとは思っていても、こればかりはどうしようもない。
あの手この手で気を紛らわそうと試しはしたが、どうも上手くいかない。
花や果物を用意し、暖かで華奢な身体を労るように抱きしめればいつだって彼女は微笑んだけれど、かすかな憂いがどうしても笑顔の下に見え隠れする。
愛する妻とその子のためにならどんな手でも尽くそうと心に決めている彼は、目の前で畏まる若い兵を真っ直ぐに見つめた。

「心細いのだろう。すまないが少し話し相手になってやってくれないか」
「私でよろしければ、喜んで」

即答したペルがそのまま一礼して退出しかけたとき、王は思わず呼び止めてそのまま口ごもった。
再び正対した男は控えめではあるが怪訝そうな表情をして王を見つめ返したが、王はいや、と言って頭を振る。
数年前に一度、月満ちる前に流れてしまった子どものことは、彼に言う必要はない。
帰してやりたいのは山々だが、時期が時期だし何よりも彼女の故郷は遠く離れた西の地にある。
あの時の苦しみを二度と妻に味わわせたくはない夫の、これが精一杯の愛情だった。


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