抑え込めない思い
若い兵のひとりがまた手柄を立てたと聞いたとき、別の隊を率いた副官は一昼夜にわたった戦闘の後処理を手伝うために南の港に出向いた。
行ってその様相に目を剥いた。
黒焦げになった船と、ひとところに集められた見慣れぬ装束を纏った者たち。
異様なのはその衣装ではなく、まるで生気のない青白い顔とだらりと垂れ下がった腕や投げ出された脚だった。
彼らに手枷も足枷も必要ないのは、その手足の腱に何か鋭利なものでえぐられたような傷があるからだ。
さらに近隣の住民たちの目の届かない位置には、その怪我人たちの仲間とおぼしき何体かの骸も並べられていた。こちらには首筋に同じような切り傷がついている。

「これは…」
「昨日寄り付いた海賊どもがこの付近一帯を襲撃しまして…無抵抗の民から金目のものを奪い、そればかりか何人かを殺して回っていたのです…」
「しかし…追い払ったと聞いていたが…」
「幾人かは逃げました。が…彼には逃がさないだけの速度があります…」

報告に来た兵へ困惑顔を向けた副官は、砂埃舞う市街の向こう側にぽつんと座り込んでいるペルに目をやった。
両脇に機関銃を置き、腰の鞘から抜いた剣の刃こぼれを指の腹でなぞって確めている彼の周りには、仲間も誰ひとりとして近づこうとはしない。
もう一度辺りを見回した彼の伯父は眉間に皺を寄せ、声を掛けるためにゆっくりと歩を進めた。
顔を上げたペルは険しい表情をわずかにゆるめて伯父を見つめ、ややあって剣を収めながら立ち上がった。

「ご苦労だったな」
「時間がかかりすぎました、もっと早く片付けられたら被害も少なく済んだでしょうに」
「相手の人数も多かった。仕方ないだろう」
「自分の力不足に腹が立ちますよ」

怒りをあらわにして吐き捨てるように言う。
眉根を寄せたままの副官はハンカチを取り出し、拭いなさいと言ってそれをペルに手渡した。
彼の左耳の下には返り血がこびりつき、赤黒く変色してもろもろと剥がれ落ちていた。


また別の日のことだった。
都から少し離れた村に盗賊が乗り込み、畑を荒らして市民に襲いかかっていると聞いた副官が装備を整えて駆けつけてみると、すでにことは終わっていた。
身軽な隼が単身で飛び出し、たったひとりですべてを片付けてしまっていたからだ。
どうやら何ヵ月か前に枯れた村の生き残りだったらしい盗賊たちはひとり残らず殺され、一ヶ所にまとめられていた。
ろくな武器も持たない哀れで飢えた盗人は、少し道を踏み外したばかりに国の守護者にその生涯を終わらされた。

「ペル」
「ああ、伯父上。ご足労お掛けしました」
「お前、また…どうしてこうなった」
「ものを奪うばかりか、女子供にまで手を掛けていました。警告はしましたが一向にやめようとしなかったので」

口調は丁寧だが憤怒の形相で遺体を睨み付ける若者に、副官はそれきり何の言葉もかけられずに踵を返した。
他国の海賊のみならず、自国の民にまで容赦なく制裁を加えた隼は、血の繋がった伯父から見ても脅威を感じる。
犯罪に手を染めた彼らを擁護することはできないが、彼らにそうさせた天候や環境や国政や、そういった一切を考えると果たしてこれしか方法がなかったのだろうかと思わずにはいられない。


それから数日の後、思案顔で練兵場に向かっていた副官は、木剣同士がぶつかり合う乾いた音のあとにどさどさという大きな音とひとのうめき声を聞き付けて歩を早めた。
たどり着き、開け放たれた扉の端から中を覗くと数人の兵士が倒れ伏しており、さらにその中心でただひとり立ち尽くす隼の姿が目に入った。
静まり返った場内に次は誰が相手だ、と低い声が響き渡ったが、壁に張り付いた男たちは身動きひとつとれないでいる。
大股に敷居を跨いだ副官は、そんな彼らをかばうように間に入ると真っ直ぐと甥を見つめ、それまで、と声を張り上げた。

「仲間をのしてどうする。ここは戦場ではないし、彼らも敵ではないぞ」
「…すみません」

我に返ったペルは瞬時にひとの形に戻り、よろよろと立ち上がる同僚たちから顔を背けると二、三歩その場から後退さった。
そのまま隅のベンチに腰掛け、両の掌で頭を抱えてうずくまるように身を縮める。
脇目もふらず出口を目指して足を引きずり、腹を押さえながら出来るだけ遠ざかろうとする怪我人に肩を貸した男たちがそそくさと場外に姿を消した。
ことさらつらそうな最後のひとりを見送った副官は、放られたままの木剣を片付けるとうなだれた甥の隣に腰を下ろした。
骨ばった指の間から見える若い男の顔は、上官に叱責されて消沈するどころか数日前に目にした時と同じように怒りで歪んでいる。

「一体どうした…」
「…彼らからひどい侮辱を受けました」

あれでは守護神ではなく死神だ。
一連の出来事を目の当たりにしたひとりが口に上らせた言葉に食ってかかったということらしいが、それにしてもここまで激昂する理由がわからない。
入隊して二年あまり、方々で武勲をたてる隼を指して「守護神」と人々が呼び始めていることは副官も時折耳にしていた。
言った方はふざけ半分に揶揄したつもりだろうが、言われた方がああも怒り狂うとは思わなかったのだろう。
彼がこれほどまでに激しやすいたちだったとは、幼い頃からその成長を見守ってきていた副官自身も知らないことだった。

「なあ…何がそんなにお前を苛立たせる」
「無闇に殺し回っている訳ではないのに…何故それをからかわれなければならないのです」
「先程のこともそうだが、おれが聞きたいのはこの前の件だ。港と、あの村でのお前の態度は少し異常だった」
「異常?民を苦しめ、片っ端から家々を打ち壊すようなごろつきどもに怒りを覚えない方がおかしいでしょう」
「誰もが皆そう思っているだろう…もとより『生死問わず』の賞金首や、ものを盗み、ひとを殺めた罪人が相手だ、捕らえようが殺してしまおうが文句は言えまい。だが…」
「何です?」

言いよどんだ伯父に顔を上げたペルが、怪訝な表情で彼を見つめた。
己のどこが異常で何が伯父にこうも不安そうな顔をさせるのか、まるでわからないといったふうに。
副官も彼を見つめ返し、この男は快活な父にも穏やかな母にも似たところがないなと頭の隅で考えた。強いて言うなら、ほんの二十年ほど前の自分によく似ている。

「我々は護衛兵だ、その本分をけして忘れるな。お前の怒りの根底にあるものが何なのか、それをよく考えろ」
「戦いの一瞬にそんなことを考えていたらこちらがやられてしまいます!」
「溢れ出た感情のまま行動に移してはいけない。頭は常に冷静に、熱い怒りはこころの内側にとどめなさい。でないとその内逆手に取られるぞ」
「しかし戦わなければ…」
「お前の力はただ戦うためだけのものではないよ」

怒りの薄らいだ顔には困惑の色が広がっていった。
副官は苦笑し、今日はもう休みなさいと言って彼の肩を叩いた。
立ち上がって甥を見下ろし、座り込んだまま動こうとしない彼に背を向けてその場を後にする。
取り残された若い兵はとっぷりと日が暮れた頃、誰も居ない練兵場から立ち去って自室へと戻っていった。


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