相見えた時から
都へと移り住んで一年あまり、ペルは十四になっていた。
伯父の勧めもあって数ヶ月前から王国護衛隊に入隊した彼はその珍しい能力で一気に頭角を現し、周囲の隊員たちからも一目置かれるようになっていた。
武器を持たせれば大抵何でも使いこなし、非常事態には隼に変じて目にも止まらぬ速さで敵をなぎ倒す。
若い兵士の活躍に誰もが称賛し、誰もが何かにつけ声を掛けたが、決して馴れ合おうとはしない彼にその内誰もが近寄らなくなっていった。

いくらか時が経ったとはいえ、両親をいっぺんに亡くし、生まれ育った故郷を離れて見知らぬ土地での慣れない暮らしに戸惑っているのだろう。
事情を知る彼の伯父はそう慮ったが、彼もまたわざわざそれを口にして他人に説明するほど多弁なひとではなかった。
葬式の時にも泣くことはなく、越してきてからも弱音を吐くようなことが一切ない甥は黙々と鍛練に励むばかりだ。
子どもとも大人とも言えない彼はただでさえ難しい年頃で扱いにくい。
まったく愛想がないわけでもないが、かといって同じ年頃の仲間とつるむでもなくひとりぽつんと練兵場で木剣を振るう姿をよく目にする。
気のおけない友人が近くにいればまた違ったのだろうが、今ではそれも難しい。
心当たりが一人居ないわけでもないが、入隊間もないペルからしたら彼女にはおいそれとは近づけまい。

「失礼します」
「…いい加減開ける前にそれを言うことを覚えろ」
「失礼しました副官殿、イガラム隊長は?」
「生意気なやつだな…あいつなら来てないぞ」
「こちらだと言われたんですけど。参ったな、今からアルたちと飯なのに」

にきびのあとが残る顎を突き出しながら突然入り込んできた若い兵に副官は苦笑した。
短い黒髪をがしがしとかき、大げさにため息をつくチャカにどうかしたかと聞いてやる。
いやそれが聞いてくださいよ、朝から他の隊の連中と自主的に剣の稽古をしてたんですけど、わざと防具の隙間を狙っただの、そっちのがいい剣を使ってるだの、気づいたら皆で言い合いになってて、まあどうでもいいことなんで思わず鼻で笑っちゃったんですがどうもそれがよくなかったのか向こうの先輩がえらい剣幕でお怒りになってしまいまして、身体が勝手に反応して剣じゃなく握りこぶしでのしちゃったんですよね、しかも半分能力出ちゃってたらしくて、そこを間の悪いことに隊長に見られていたようなんですよ…。
もういいと言うまで喋り通すチャカに辟易し、副官は隊長が携帯しているはずの子電伝虫の番号をダイアルして早々に居場所を突き止めた。
部屋に戻っていると教えてやれば、別に見つからない方が…などと小声で呟きながら退出の為に一応頭を下げている。

「なあチャカ、お前歳はいくつだ?」
「十五ですよ、餓鬼っぽくてすいませんね」

お邪魔しましたと鼻息荒く出ていったジャッカルを見送り、やれやれとひとりごちた副官は再び受話器を取って相手が出るのをのんびりと待った。


隊長のガミガミ声からようやっと解放されたチャカはぐったりとした面持ちで午後の訓練に参加していた。
ありつけなかった昼飯の代わりに一気飲みした野菜ジュースが胃の中で気持ち悪くうごめき、へこんだ腹をさすってなんとか満たされない空腹感を抑えようとする。
そんな具合だったから、午前の失態の罰に隊長から言いつけられた新兵の訓練の監督にも早々に嫌気がさしていた。
こいつらときたら、力任せに振るうだけで形も何もあったもんじゃない。一年前、自分が入隊した頃はもっとましに立ち回れていた、絶対に。
真剣そのものではあるがどうにもまごつく後輩たちを広く見渡し、彼は片手で目の前の相手をさばきながら時折声を張り上げていた。
どうせやるならうんと年上の先輩方の中に放り込まれる方が余程よかった。そっちなら思う存分やれただろうし、鳴り止まない腹の虫も気にならないくらい身体を動かせただろう。
次、と号令を出し、大上段に構えた左腕をチャカは勢いよく振り下げた。

そうして十数人と剣を交えていくと、やっと手応えのあるひとりが現れた。
目元の黒いラインでそれが隼のペルだと気づいたとき、チャカは人知れず口角を上げていた。一度は手合わせしたいと思っていた相手が、剣を構えてこちらを見据えている。
今まで特に言葉を交わしたことはないが、彼の評判ならいくらでも聞いたことがあるし実際遠目に見たこともある。
チャカは柄を両手で握り直し、手並み拝見とばかりに剣先をゆらした。
素早く飛び込んできたペルの剣を振り払い、はじめの一手を打ち込むと鍔でそれを受け止められる。
線が細いわりにその剣には重たさがあった。その上ひとの姿でも身軽に動く隼は、同期の誰よりもしぶとくチャカに挑んでいった。
しかし力に関してはジャッカルにいくらか分がある。
長い鍔迫り合いの末に相手の呼吸の間を読んだチャカが思いきり腕を押すと、ペルは不意をつかれて弾き飛ばされ尻餅をついた。
すぐさま立ち上がり構え直すが、剣を納めたチャカはよく通る声でそれまでと制止し、全体に休憩を言い渡す。
垂れ落ちる汗にも構うことなく構えの姿勢を崩さない後輩に、やんわりと剣を下ろさせて彼は口を開いた。

「身体を休めろ、あまり無理をするとその内参るぞ」
「無理はしていません」
「しようのないやつだな…。まぁ、動き足らないなら今晩またここに来い。相手してやるよ」

久しぶりに骨のありそうな同士に出会えた事に満面の笑みを浮かべ、まるで遊びにでも誘うようにチャカはペルの肩を叩いた。
それ以来、夕食後の閑散とした練兵場に毎晩必ず二人の若い兵が訪れるようになったと聞いた副官は、自身もその相手をする為に隊長を誘って足を運んだと言うが、それはあまり周りには知られていない出来事だった。


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