喪失
十四になれば、自分も父さんや母さんと同じように船乗りになる。
ただ漠然と思い描いていた未来がある朝突然に失われた。それも、その最愛の父母とともに。

この時代、偉大なる航路上での船の事故は数え切れないほど話に聞くけれど、実際にそれが自分の身内に降りかかることになるとは思いも寄らなかった。
年のほとんどを海上で過ごし、陸に暮らす時間の方が遙かに少ない両親をもつペルだとしても、まさか、の一言しか声にならなかった。
大時化に巻き込まれた、という電伝虫越しの伯父の声がやけに耳に残っている。
十三になる少し前のことだった。

彼の両親が属した商船の乗組員は同郷の者が多かった。
彼らの合同葬儀を執り行ったのは地元の領主で、しめやかだが大々的にいとなまれた会場には次々と縁者が訪れ涙する。
そんな中慣れない喪服に身を包み、この慣れない場にほとんど無表情でペルは立ち尽くしていた。
先ほどまで隣にいた伯父は何事か呼ばれて席を外している。
顔見知りがいても皆強ばった面もちで親しげに話しかけてくる者がいるわけもない。
大勢の大人が忙しげに立ち動く斎場で、何か手伝いをした方がいいのだろうとは思っても、彼にはその何かがわからずに突っ立っていた。

自分ひとりが場違いなような、なぜだか少し後ろめたいような居心地の悪さを紛らわそうと外へ向かいかけたとき、扉近くにいる一人の婦人が自分を見つめていることに気がついた。
厚い面紗に覆われているせいで誰だかは判じられないが、おそらく自分か両親に関わるひとであることは間違いないだろう。
式の最中、領主の後ろに座していた様子を遠目に見た気がしたから、この土地の貴族かもしれない。
気付いた以上無視するわけにもいかず、ペルが軽く会釈をすると女性が静かに近付いてきた。
そして彼の名を呼ぶ声を聞き、やっとそれが領主の娘、今や王妃となったティティなのだと分かった。

「来てくれてた...のですか」
「当たり前じゃない」

咄嗟に語尾を変えて頭を深く垂れると、やめて、という控えめな声と共に白い手が彼の頬に当てられた。
身体は大きくてもまだ少年の、かつてはともに遊び過ごした幼馴染みの畏まった様は、彼女を余計に悲しませる。
それを知ってか知らずか、泣いているのですかと口にしながらペルは顔をあげた。
右頬に触れる冷たい指先がわずかに震えている。

「あなたは泣かないのね」
「正直実感がわかないんだ」

口調を改めた少年は悲しみよりも困惑の表情で少し微笑み、幼馴染みの手を取ってそれをそっと下ろさせた。
両親の不在に慣れすぎていて、彼らが亡くなったと知らされてもいまいち理解できない。
二度と会うことはできないとか、こんな風に触れられることもないだとか、考えることはできても頭が追い付いていかなかった。
父母の遺体は見つからなかったから、なおさら。
空の棺を抱えたところでその感覚は変わらない。結局彼らは不在のままだ。
今もどこか遠い海で、二人は笑い合いながらいつも通りの旅をしている。
そう考える方が楽だった。ただ自分がそこに行くことは叶わないと言うだけで。

「またいつもみたいに帰ってくる気がするし…ほんとうによくわからない」
「大丈夫…?なわけないよね…何か私にできることはないかしら…」
「大丈夫だよ」

自分以上に心を痛めているティティを見ても、ペルのこの不思議な感覚だけはどうしようもなかった。
実際大丈夫すぎるくらい大丈夫で、何に対してかはわからない罪悪感のようなものだけは心の奥に沸き上がっている。
誰が悪いわけでもないのに、誰もが自分を責めるような。ああしておけばよかった、こうするべきだったと言っても今さら詮無いことなのに。
ただ、そう口に出して言うことは出来なかった。
彼自身もまた、事実を受け止めてはいてもそれを飲み込むことはできていなかったから。

気付かない内にティティの後ろに控えていた従者が微かな声で王妃様、と呼び掛けたのを合図に、ペルは一歩身を引くと再び頭を下げた。

「今日は遠方から遥々、ありがとうございました」
「ペル…」
「近い内に都の伯父のもとへ行くことになりそうですから、またその時に」
「そう…落ち着いたら、連絡してね」

きっとよ、と言って振り返り振り返り立ち去るティティの後ろ姿を、ペルはいつまでも見送っていた。


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