茜色
数年に一度の式典が恙無く終わり、王子は窮屈な上着の首元を緩めるとテラスの低い欄干に腰をかけた。
誰かが見たらだらしないからと咎められそうだが、ここは彼の私室だし今は晩餐の準備やら何やらで皆出払っている。
式の最中は周りから求められる役割を果たすため、いつも以上によそ行きの顔で神妙にしていた。
実の祖父の命日なのだからあれが当たり前なのかもしれないが、いつも賑やかだった祖父のことを想うとそう畏まらずともよいのではと考えてしまう。

だらしないついでに最近覚えた煙草でも吸おうかと思い立ったとき、微かな足音が聞こえた気がして彼は階下の回廊に顔を向けた。
石畳を打つ踵の高い音で女性だろうと察した時、柱の影から夕陽に照らされた明るい髪とむき出しの肩が見え隠れした。
何かに気付いて後ろを振り返った彼女の長い髪がふわりと舞い、眩しそうに瞳を細めた横顔があらわになる。
そのはっとする美しさに目を奪われた王子は危うくバランスを崩しかけ、口の中で小さく声を上げながらなんとか上体を前に倒した。
まさか今のを見られなかっただろうかと安全に両足を地に着けてから再び身を乗り出してみたが、夢か幻かそこにはもう誰の姿も確認できなかった。


今隣に座す女性の髪が、茜色ではなく泡立つ海の波のように薄い蒼だと知ったのは結局あれから一時間と経たない内だった。
夢見心地のまま父王の隣で貴族連中の挨拶を聞くともなく聞いていたコブラの前に再び現れたのがティティだったのだ。
あまりの事態に息を飲み、気づいた時には彼女の手を取り跪いていた。
性急すぎる展開に王子以外の誰もが仰天したが、彼は至って大真面目にティティの瞳を見つめていた。
それは抜けるような空の蒼だった。

「今さらかと笑われるかもしれないが…君は、私でよかったのだろうか」
「え…?」
「いや…国に想うひとでもいたのならと…」
「あら、ほんとうに今さらですね」

国中の名士からの祝辞が一通り終わり、暫しの間彼らの周りから人が引いた時を狙って王子が囁いた言葉に、花嫁は驚きつつも控え目に笑った。
誓いの宣言も指輪も交わしたばかりなのに、出会ってからこれまで一度も見せたことの無いような顔で少し俯いている。
あの押しの強い王子からは想像もつかない気弱な様子に、ティティは二人だけにしか聞き取れない声で夫に囁き返した。

「国には年寄りと子どもしかいませんでした」
「…若い男がいたらこうはならなかったのか?」
「それでもきっと私はここに参りましたわ」
「なぜ…」
「だって、あなただけを愛しておりますもの」

あ、でもこれからは国全体を愛しますとすらりと言った妻に、今しばらくは私だけにしてくれないかと夫は柔らかく微笑んだ。


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