漣(青雉、赤犬)
内陸に居る時でさえ、そこが島である限りいつだって途切れることはない。
小さい島はもとよりどれだけ広大な国のど真ん中に居ても、もしかしたら気のせいなのかもしれないが、耳を澄ませばざあんと波の音が聞こえる。
何処に居ようと、荒れていようが凪いでいようが、寄せて返す動きはずっと変わらない。繰り返し繰り返し、引いて、満ちて。
繰り返し聞きすぎて、じっと聞き入ることなど忘れて、もう何年も何十年も聞こえているのに聞いていなかった。
だから初めて大陸に足を踏み入れた時、彼は驚いてしばらく後ろを振り返ったのだ。だのになぜ自分がこうも驚いたのか気づけなくて、二度目の時にようやっと理解した。ここでは風の音しか聞こえない。
何度経験しても決して慣れることはなかった。ひどく落ち着かず無意識に神経を張り詰めさせ、ともすると艦の上にいる時よりも緊張し…と言ったところで誰も信じちゃくれないさ、と己だけに言い聞かせ、彼は今日も瞼を閉じる。あなたほど無神経なひとは何処を探したって他にはおりますまい、と言われたことは数知れず、だ。

「いらねえ」
「まだ何も言っちょらん」
「匂いでわかる」

頭の後ろで組んだ両手もアイマスクもそのままに、青雉は扉を開けた赤犬にそう言葉を投げつけた。もちろん会話を続けるつもりはなかったから、扉が閉じられたことも赤犬がその向こう側ではなくこちらへ歩を進めたことも、向かいのソファに腰を下ろしたのも全部ないものとして扱った。要らないと言ったマグがテーブルに置かれたのにも当然無視を決め込む。コーヒーは嫌いじゃあない。ただ的外れな気遣いが鬱陶しいだけだ。

あと二時間は続く、飲んでおいた方がいい、でないとまた拳骨を頂戴する羽目になるぞ、昨日だってそうだったろう。赤犬から一方的に発せられた言葉は大体これくらいで、センテンスごとに十分な間を開けても言い切るのに一分とかからなかった。彼の間違いのひとつは青雉のためにしかマグを用意してこなかったことだろう。自分の分は必要ないと判断したのだ。眠気を抑えるためというのがその理由だった。
タイミングを掴み損ねた赤犬は、立ち去るのもそのまま腰掛けているのも居心地悪く、しかし何故こちらがいたたまれない気持ちになる必要があるのかと眉間の溝を深くした。奴が居眠りをする、周りの注意がそれる、誰かから一喝される、会合が中断する。それを未然に防ごうとしただけじゃないか。

「おい」
「んあ?」
「起きちょるんなら返事くらいせんか」
「今したじゃないの」

うんざりとしたため息も添えて青雉が返すと、ほんの少しだけ、ピリと張り詰めたものが肌を撫でた。また眉間に皺が寄せられたのだ。赤犬の反応は予想通りであったし、見えていなくても実際そうなのだろうと青雉にはわかった。だから、何故赤犬の方では気づけぬのかがわからない。あるいは素知らぬふりをして彼なりに嫌味を言っているつもりなのだろうか。いずれにしたって見当違いだ、癪に障る。

「…あー、何?」
「飲んでおけ、たいした効果はないかも知らんが…」
「……」
「クザン、」
「別に眠たくねえもの」

なら格好だけでもなんとかしろ、と赤犬は言った。
こんな静かなところじゃ眠れやしない、と青雉はひとりごちた。もちろん彼に聞かせてやるつもりはない。

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