Watcher(ヤマカジ、ステンレス)
彼は咥えた葉巻を適当にふかし、ぼうっと長いこと海を眺めていた。
眺めていただけで見てはいない。月は出ていなかったし、星明かりもたいして水面を輝かせはしない。ただの暗い波に見出すものは何もなくて、だからぼんやりと向こうを見やっていただけだった。見たいものが特別あるわけでもない、けれど目を逸らし瞼を閉じることはできないから、真っ黒い海を眺めるのは彼には都合が良かったのかもしれない。

「…なあ、いいか」
「ん、ああ」
「邪魔…にならなきゃいいが」
「退屈していたところだ」
「退屈、か」

港に着くにはまだかかるだろう、とヤマカジは笑った。いつも通りに、普段通りに。暗くてよく見えはしなかったが。
とは言っても、ステンレスも彼の顔をまともには見ていなかった。見られなかった、と言う方が正しいだろう。見返されたらたまらない。
まるで誰かさんのようだ、と今度ははっきりと声の調子でわかるくらいにヤマカジは笑い、ステンレスは何も答えず隣に並んだ。彼にも黒い海しか見えなかった。見慣れてはいたが見え方が違う。普通すぎて違和感がまとわりつく、いたたまれないほどにいつも通りの海。

「しかし、まあ、ここに来たって気の利いたことは言えやしないぞ」
「いや、いいんだ…ただちょっと、頼みがあって」
「さて、今のおれにできることがあるのかどうか」
「…一口くれないか、と」

意図をはかりかねたヤマカジが片眉を上げると、ステンレスはやはり海を向いたまま葉巻、と一声返した。
「お前は紙巻きばかりのんでいたじゃないか、そもそもずいぶん前にやめただろう?」普段の彼ならこれくらいは言っていたはずだ。が、何も言わなかったのは、やはり彼も常とは違っていたからだ。ステンレスは気づき、そうして安堵した。この場ではまったく似つかわしくはないが、そう思わずにはおれなかった。
差し伸ばされた指先から葉巻を受け取り、すうと吸い込む。当然、驚いた喉がきつい刺激を受け付けず、すぐに押し戻してしまう。鼻から抜くことも出来ず吐き出すしかない。何度か試しても駄目で、結局一口も飲み込めなかった。もちろんこうすべきではないと知っていたし、馴染めはしなかったが昔教わって嗜み方も覚えてはいた。ただ何でもいいから煙を取り込みたかったのだ。しかし気分はちっとも良くならず、残ったのは舌の上の苦味だけだった。
しまいには咳き込み口元を押さえ、ステンレスは手摺に額を擦り付けるようにして身体を折り曲げた。目の端には涙が浮かんでいたが、なにせ暗闇だ、ヤマカジにはそれが見えてはいなかった。ただ、新しいのをくれと言われなかったのも、やるとも言わなかったのも、互いにこうなるだろうとわかっていたのだと笑うことくらいはできる。一時間も二時間も、ここに居るつもりはなかっただろう。

「とりあえず、だが」
「…ああ」
「家に帰って風呂に浸かって、食えそうなら食って眠るのが一番だろうな」
「違いない…」

休息が必要だ、とヤマカジは呟き、彼にしては珍しくため息をつき、しかし微笑んだ。己を保つにはこれが一番だと信じているのだ。

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