腐れ縁の見本(スモーカー、ヒナ)
昔から、それはもうほんの出会って数時間というころから、こいつはアホだな、と思うところが時々あって、その度にスモーカーは人知れずため息を漏らす。
葉巻を咥えた口の隙間から白い煙と一緒に吐き出されるそれを、隣にいる同期が気づいたためしはない。彼がこうなるのは大抵彼女がアホをやらかしているときだし、となると彼女の思考は自分自身のことで精一杯なのだから、ほかに気を回そうとしてもできないのだろう。

「ああもうむかつく…いい加減にしろってんだよ!」
「ああ…」
「ちょっとスモーカー君、ちゃんと聞いてんの?!」
「…聞こえてる 」

普段の取り澄ました彼女からは想像もつかないだろう。口調までまるで変わってしまっている。
彼女の部下たちが見たら、いやもし見たとしてもこれがかの「黒檻」だとは気づけないんじゃないだろうか。口調だけじゃない、顔つきも服装もいつものヒナらしくない。しかしスモーカーからしたらこれこそがまさに彼女だった。ひとが違うわけじゃあない、どちらかというとこちらが素に近い。
そう、彼女はアホなのだ。ストレスがたまるたび、こうして浴びるほど酒を飲む。いや呑まれている。

「あのクソジジイ!ひとの尻掴みやがって…金払え!」
「声がでけぇ…一応上官だぞ…」
「あなたが上官だ何だ言うワケ?!野犬のスモーカーが?!信じらんない、ヒナ失望!」
「お前はおれに何を期待してんだよ…」

普段嗜むワインやブランデーではない、酔うためだけに選んだ焼酎をガンガン飲み下し、短くなった煙草を乱暴に灰皿に押し付けて次の一本を取り出す。ああ、完全なる酔っ払いだ、手元が狂って取り落とした煙草を逆さに咥え、そのまま火をつけようとしている。アホすぎてため息しかでない。
仕方なしに手を伸ばして煙草を咥え直させ、カチカチと煩いライターを奪い火を点けてやる。優しいじゃない、と据わった目で微笑まれても怖いだけだ、とスモーカーは自分の葉巻をふかして目線をそらした。

「べつに、ガープさんみたいなひとなら私だって許せるんだけどさあ!下心見えすぎてて気持ち悪いっつーの!」
「何でガープさんならいいんだ…下心なしに尻触るやつなんかいるかよ」
「へええー、スモーカー君も下心あれば女の尻揉むんだ?あ、女とは限らないか!」
「…女でも男でも揉まねえ」
「このムッツリ!あんたが昔兵舎のベッドの下に…」
「まあ飲め」

解けた氷だけのタンブラーにどばどばと注ぐと、ちょうどボトルが空になった。彼女に気づかれないようにマスターへ目配せし、帰りのタクシーを手配してもらう。こんな酔っ払いを送っていくことなんざできねえよ面倒臭え、と思っても口にせず、彼もまた半分残っていたグラスをぐっと傾ける。

「おい、帰るぞ」
「はあ?まだ全っ然飲み足りないんですけど!」
「馬鹿言え…おめーは明日非番かもしらんが、おれは通常勤務なんだよ」
「スモーカー君が明日を気にするとか!考えらんないんだけど!」
「ああもう煩ぇ…」
「ちょっと、聞こえてるわよ」
「当たり前だ、聞こえるように言ったからな」

会計を済ませ、外に出ても彼女の喚きは止むどころかいや増すばかりだった。既に待っていたタクシーをさらに待たせ、行くだ行かないだの攻防をするうちに気づいたらラクダは居なくなっていた。ちくしょう裏切ったな、つーか俺が乗って帰ればよかった。こいつならひとりで放っておいても大事にはなるめえよ。
心底ぐったりとしたスモーカーが踵を返すと、待ちなさい、と凛とした声が路地に響いた。振り返るより先に何かがものすごい勢いでタックルしてきたものだから、彼は思わずよろめいて目を白黒させた。これが、例えば彼女自身が腰に抱きついてきたと言うのならまだ可愛げがあるだろう。しかし「黒檻」に、酔っ払いのヒナにそんなものは微塵もあるわけない。

「おめえ…そこまで泥酔してんのに覇気纏わせんなよ…」
「ふっふっふ、わたくしの体を通り過ぎる全ての…」
「言わせねえよ」

桃色の頭にがつんと頭突きを落とし、痛ぁいと言ってしゃがみこんだまま寝入りそうなヒナを不自由な両手でなんとか立たせ、スモーカーはやはりため息を漏らした。
ああ、なんてアホなんだお前というやつは!

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