4.蛇はどっち?
それから毎日、ディエゴは何かと理由をつけて私の部屋を訪ねてきた。
ある時は朝早く、『使用人の代わりに起こしに来た』という名目で。またある時は、私の義母が私とディエゴに仲良くして欲しいと言ったから、なんて理由で。またある時は、『お話がしたい』なんて馬鹿げたことを言いながら。来る時間も、理由も、バラバラだ。
私は毎回それを追い払うのだが、この男が何をしたいのか、今でもいまいち図りかねていた。
「じゃあ、オレはこれで」
毎度、私が一蹴すると、あの男はいつもこう言い、私の部屋のドアの前からすぐに立ち去る。この日、私はそれが何故か無性に気に入らなくて、思わず声をかけてしまった。
「待ってよ」
ドアの向こうから返事はない。あるのは静寂だけ。もう既に自分の部屋に戻ったのだろうか。
それでもいい、それならひとりごととして処理しよう、と私は自分の部屋のドアに向かって話しかけた。
「あなたが何故こんなことをしているのか、全然わからない。あなたがもし、……私の口からこんなことを言ってしまうのは気に食わないことだけれど……、もし遺産目当てでお義母さまと結婚したというだけなのなら、私のことなんて気にしなくていいと思うの」
ちら、とドアを伺う。依然ドアの向こうから反応はない。本当に帰ってしまったのかしら。それならそれでもいいのだけれど。
「だって、私がどう言おうと、お義母さまがあなたに遺産を与えることになるのは変わらないもの。お義母さまはあなたに心底心酔しているし、私がいくら説得しても無駄なことはわかるわ。だから、……あなたは、わざわざ私に取り入る必要なんてないでしょう?」
ドアの向こうの空気が少し変わった気がした。気のせいかしら?
「……身体目当てかしら、とも思った。けど……」
「君は、オレが身体目的で、わざわざ毎日『娘』の部屋を訪ねると思うのか?」
突然、ドアの向こうから返事が帰ってきた。ビクリ、と身体が揺れる。実際、もう帰ったかと思っていた。身体中が警戒心でいっぱいになる。
「………いいえ。そんなことをするくらいなら、手っ取り早く街を歩くでしょうね。……だから、あなたが何をしたいかわからない、って言っているの」
最大限の警戒はしているのだが、この男にかけた声色がいつもより穏やかになってしまい、自分で自分に動揺する。いつもこの男に対して、必要以上に不機嫌になりすぎなだけかもしれないけど。
「……だから、前にも言っただろう? 『オレは君と仲良くなりたい』」
またか、と私は呆れた。本気でそう思っているのだろうか? ……そんなわけないだろう。こんな純粋なことを本気で言う人間が、嘘の愛を誓えるはずがない。
「……あなた、前から思ってたけど。蛇みたい、ね。他人に対して平気で嘘をついて、目的次第では相手を丸呑みする。蛇そのもの」
ポロリと口からこぼれ出た言葉。一瞬怒られるか、とも思ったけど、クク、と笑われただけだった。それに私が顔を顰めていると、あの男はこう、変なことを言い出したのである。
「それは君の方じゃあないか? なあ、ナマエ。嘘つきな『蛇』は、君の方だ」
男が何を言っているかわからず、私は咄嗟に返事をすることができなかった。そして扉の向こうからは、沈黙しか返ってこない。
この気まずい空気に耐えられずに思わず、どういう意味、と勢いよくドアを開けてしまった。
もう既に、あの男はいなかった。動揺と共に、荒い息が飛び出る。
―――『蛇』は、君の方だ。
やけに頭にこびり付いたその言葉を振り払うように、音を立てて舌打ちして、私は荒々しく部屋に戻ったのだった。