3.外した仮面

 何度でも言うけれど。本当に、うんざりだわ! これから毎日こんな生活を送らなくてはならないの? 今までそれなりに甘かったテーブルマナーを、見栄を張っているのか異常に厳しく叱りつける義母。しかも、あの男がいないと全く気にしない。更に言うならあの男に何か言われたらデレデレと何でも言うことを聞いてしまう。そして、仮面を被った、猫なで声を出すあの男。嗚呼、全く、嫌になる!
 
 お義母さまだって、自分の結婚より私の結婚を考えるべきよ。私だってそろそろ結婚してもいいと思うわ。あの男より将来が約束された貴族で、それでいていい男を許嫁にするくらいしてくれてもいいのに! あーあ、近いうちに舞踏会でも開かれないかしら。そうしたら、少なくともめぼしい男を探し出せることができるのに。

 朝からそんな馬鹿みたいなことを考えていると、扉がノックされる音が聞こえた。使用人が起こしに来たのかしら?
「もう起きてるわ、今朝食に行くから待っててちょうだい」
「……オレだ、ナマエ」
 バッ、と飛び上がる。一瞬で身体中が敵意に溢れるのがわかる。私は最大級に警戒して、こう呼び掛けた。この声は間違いなく、ディエゴ・ブランドーだ。
「……なによ、やっぱり紳士的な態度は仮面でしかなくって、結局は言葉遣いの荒い、淑女の寝起きを襲うような獣なんじゃない。早くそこから立ち去って」
 私が本心を口にすると、彼はクツクツ笑いながら、ドア越しにこう言うのだ。
「いやあ、どうやら君はどうやら紳士的な人間より素直な人間の方が好きそうだからな。君だって実際、あの人に言われてできるだけ淑女的に振る舞ってはいるが、そういったことが大嫌いなはずだ」
「だから何」
 私は否定しなかった。何も反論することがなく、実際その通りである。この男に見抜かれたのが、どうしようもなく悔しく、情けなかった。
「私が正直な人を好きと言っても。正直なあなたを好きになることはできないわね」
「じゃあ、猫を被ったオレがお好みってことか?」
「そうとは言っていないでしょ。反吐が出るわ」
 早口ここを立ち去って、というオーラを全身から出す。ドア越しではあるけれど、多分伝わっている。
「……ナマエ、君はどうしてそうオレを毛嫌いするんだい?」
 分かっているくせに、芝居掛かった口調で、男はこう問いかけた。ストレートに『あなたが遺産目当てにお義母さまと結婚したからよ!』と言うのはやめておいた。自分の口から、お義母さまの人格の価値を下げるような物言いは、あまりしたくない。私は、お義母さまに目を覚ましてほしいだけなのだ。代わりに、こう言った。
「私は正直が好きだわ。だから聞く。あなたは、何が目的なの?」
 私はお義母さまとの結婚について聞いたつもりだった。実際、大多数の人は話の流れでそう読み取るだろう。けれど、あの男は意図的かそうでないかはわからない。けれど、こう答えた。笑ってしまうくらい、真面目なトーンで。
「ああ、オレは君と仲良くなりたい。それは本当だ。……義理の親子、だなんていう肩書きは関係なく、な」

 少しの時間、沈黙が流れた。

 ……この男は何を言っているんだろう? 何故、こんなことを言ったのだろう?
 この時の私には、全く理解できなかったのであった。

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