◎人助け(星王)
――私の手は血塗れだと思う。
いったい何人の命を奪ったんだろうか。 戦に出て、私やユーグの指揮で何人もの敵軍を殺したか。 そして何人の自軍の兵の命が奪われたことか。
私の家系は、叔父が先代の王の「懐刀」とかいう存在。暗殺を主に行う役目だった。 今代は私がしなければいけない。別にこの役目には後悔もしていないし疑問にも思ったことがない。
私たちがやらなければ誰かがやる。 そんな役目。
ついでに今日は、敵国の皇女の命を奪った。 彼女は別に何も悪くない。何か罪を犯したわけではない。
ただ、彼女が王妃であるヒューリア様の文通相手だという事。 仮にもそれがユーグの同盟相手に知られてしまえば、敵国の皇女のスパイだと思われても仕方がない。だからこそ、私は手紙のやり取りの証拠を消す必要があったのだ。
それと、敵国の女王の戦意喪失を狙った事。 この戦が続いても正直何も得することはない。
お金も消えるし、兵の命も減る。 あんまりそういうのを、王達は気にしないけれど私はどちらかと言うと兵士側だから。 戦を早く終わらせてやりたい。
「本当は手紙を焼却するだけでよかったんだがな…」
ユーグからの命令には暗殺しろとは言われなかった。 命を奪ったのはただ単に私の独断だ。 戦意喪失を狙うのもあるが、文通相手だった皇女を生かす理由がないと判断した。 ただそれだけ。
その帰路、私の屋敷の前に何かが倒れているのが見えた。 近寄って見てみると、そこは小さな子供だった。
ぼろぼろな衣服でまだ6歳くらいに見える、女の子。 痩せこけて、頬がこけている。見たところ栄養足りなさそうな… 顔も泥などで薄汚れて、正直見るに堪えない状態だ。
「ここで死なれても困るしな」
私は倒れている女の子を抱えて屋敷に入った。 そして医者を呼ぶように伝えて、女官にはその女の子を綺麗にするように伝えた。
「ついさっきは人の命を奪ったばかりだというのに、何故人助けをしたんだろうな」
私は着替えながら言う。 括っていた髪留めをほどいた後に、もう見えなくなった右目を触った。 一太刀の傷が目に残っていて、もう二度とこの目が開くことも瞬きすることもない。 景色を見ることも出来ないのだ。
「…」
見えなくなってもう、何年経過したか。 ユーグの逃亡未遂の時だった筈だから…もう7年も経っている。
未だに平衡感覚が鈍くぶつかりやすくなるのが歯痒い。
「オスカー様」
すでに到着していてあの女の子を診てもらった医者から声を掛けられた。
「あの女の子は栄養失調みたいです。スープなどから食べさせたら大丈夫だと思いますよ」 「わかりました、有難うございます。」 「必ずスープからですよ?固形物食べさせたら胃がビックリしますからね」 「胃…?」
よくわからないが、医者のいう事だから多分確かだろう。 私はお礼を言って、医者に帰ってもらった。
「…」
私のベッドに寝かせていた女の子がじっと私の方を見ている。
「気が付いたか、私の屋敷の前で倒れていたのだぞ」 「…お兄ちゃんがたすけてくれたの?」 「そう。お前、名前は?」 「フリーデリケ」
女の子はにこっと笑って答えた。
「そうか。私の名前はオスカーだ」 「オスカー?」 「そう。お前…じゃなかった、フリーデリケ。君の親は?」
親は?と聞かれてフリーデリケは表情を曇らせる。
「いない…。死んじゃった」 「…そうか。身寄りがないのか?」 「ん」
フリーデリケの顔をまじまじと見ていると、なんだか見たことがあるような顔に見えてきた。
――私の初恋の女性の、オルタンシアに似てる。
髪の色も目の色もそっくり。 髪の毛のふわふわしている具合もなんとなく似ている気もする…。
いや、さすがにオルタンシアの娘ではないだろう。あの子は20で亡くなっている。 それに、オルタンシアは私の屋敷で暮らしていたから親子関係はない筈…。 しかし、他人の空似と言う言葉を聞いたこともあるがここまでオルタンシアを思い出す見た目なのは正直驚いた。
私は、オルタンシアが亡くなった後に「もう誰にも恋をしない」と決めている。 つまり、独身で誰とも女性と関係を持つ気がないという事だ。
しかし、独身で死ぬまで独りぼっちなのはなんとなく寂しいかもしれない。 この娘も、親を亡くして独りぼっちだ。
ゲルマニクスでは孤児になった子はほぼ死ぬしかない運命だ。 預ける施設もないし、面倒を見てくれる大人すらいない。飢餓で死ぬか、仕事をしながら死ぬか。スリなどで生計を立てるかのどれかでしかない。
敵国のシェーンブルーでは「託児所」なるものがあるらしい…。 さすが女性の王の国、そういう配慮などはしっかりしているらしい。羨ましい。 さすがにこの娘にはその運命をたどるのはなんだか可哀想に思えた。
初恋の人に似ているからか、それとも人の命を奪った事の罪滅ぼしの気持ちからか。 助けてしまったのも何かの「縁」なのだろう。
「なあ、ここで暮らすか?私の養女…娘としてで良いなら」 「娘?フリーデリケはお姫様になるの?」 「貧乏貴族ですけどね私は。それでも、教育面に関しては不自由はないぞ。君の結婚の斡旋もしてあげよう」 「…」
フリーデリケは黙った。 いきなり現れた大人の男からこんな風に言われて不審な気持ちになったのか。
「オスカーは、フリーデリケを独りぼっちにしない?」 「…」 「ママもパパもいない…もう一人になるの嫌なの…だから、独りぼっちにはしないで欲しい…」
フリーデリケはしゅん、とした表情になる。 私は、そのフリーデリケの小さな頭をぽんぽんと撫でる。
「私がいる時は独りぼっちにはさせん。私がいない時は女官達いるし、何かあれば連れて行ってもいい」 「ほんと?」 「男に二言はないぞ」 「じゃあ…フリーデリケここにいる」
フリーデリケは私の手を握る。 えへへ、とほほ笑むフリーデリケの笑顔を見て、娘を溺愛する父親の気持ちがなんとなくわかった気がする。控えめに言っても可愛い。
ぐうう…とフリーデリケのお腹が大きな音を鳴らした。
「お腹空いただろう。温かいスープを用意してもらうから待っていて」 「うん…」
少し恥ずかしそうなフリーデリケを見て、私は久しぶりに笑った。 最近は特にモヤモヤしたり、冷酷になったりと気分も気持ちも晴れる事がなかった。 フリーデリケと過ごすようになれば、少しでも私の気持ちが晴れる事になるだろうか。
結果的に、養子縁組はまだだが私とフリーデリケは父と娘のような関係になり。 一時的に私の苗字を名乗らせて、一緒に暮らすことになった。
25歳にして、6歳の娘が出来ました。
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