◎毎年贈るメッセージカード(星王)
私は、手が腱鞘炎になりそうなほどの疲労を覚えているのを感じる。 目の前には、たくさんのメッセージカード。 そして私の手には、羽ペン。
私が何をしているかと言うと、お礼のメッセージを書いているのだ。 先日の私の誕生日…5月13日には国民達からの誕生日おめでとうのメッセージや贈り物をしてもらったのだ。
控えめに言ってもあまり上手とは思えない字のこれは、街にある託児所の子供たちから。 この可愛らしい字はエドヴァルトとよく行く喫茶店のマスターや給仕の女の子。 この達筆っぽいのは、たまに訪れるお店のマスター。
「誕生日おめでとう」以外にも、書いた人なりの想いやメッセージが伝わってきていて、託児所の子からは私の肖像画か何かを見ながら描いたイラストも届いていた。思わず表情が綻ばせるほどに嬉しく思えた。
それを見ながら、私は羽ペンの先を黒いインクに浸しながらカードにお礼の返事を書く。ほとんど一言メッセージなのだが、それでもお礼の言葉だけは伝えたいと思った。
私がこんな風にメッセージを返しているのは、やはり「私」という存在と地位は、国民達に支えてもらって毎日を過ごすことが出来ているのだと思っているから。
私が王座に胡坐かきながら座ったり、私が王になって『当たり前』だとは全く思っていない。
――それは、私が周辺諸国に同盟をことごとく断られた挙句に敵対されて「帝位」を認めてもらえなかったとき。そのときに私を支えてくれたのは、このシェーンブルーの国民や貴族、そして私の旦那だ。
その感謝を忘れないために、私は皇帝に無事戴冠した後も欠かさずに手紙を送ることにしている。自分の誕生日とバレンタインデー、そして旦那の誕生日。この日はたくさん送ってくれるからかなり大変だ。
今、書き終わった分で1000通目。 インクを乾かしているのが今大体100通。 封筒に入れ終わっているのは500通くらい。 さすがに封筒にまで自分で入れていたら大変なので、手伝ってもらうことにした。
「エド、インク乾いたからお願いしてもいい?」
私は、執務室の中にあるソファで作業していたエドヴァルトに声をかけた。 彼に、私が書いたカードを封筒に入れて王室のシールを貼ってもらったいるのだ。
「うん、あと何通で終わりそう?」 「えっと…あと100通くらいでとりあえず受け取っている分は終わるわ」 「そう。一回休憩しよう。で、5分だけ休憩したら今日中に終わらせよう」
エステルはちらりと時計を見る。 丁度15時。おやつにしてもいいかもしれない。
「そうね」
さすがにこの部屋では休憩は出来そうにない。 私とエドヴァルトは一緒にバルコニーの方へ向かう。
「風が気持ちいいね。」 「ええ」 「お茶一杯だけ飲んだらまた封筒詰めるの手伝うね」
エドヴァルトは近くを通りかかったフォティアにお茶を頼んだ。 すぐにフォティアは紅茶を用意してきて、ポットからカップに紅茶を注いで私たちの前に渡す。
「エステル、俺もエステルからの手紙が欲しいなあ」 「へ?」 「国民達はエステル直筆の手紙貰って羨ましいなと思ってさ」
エドヴァルトはにこにこ笑いながら私を見る。
「昔、手紙のやりとりをしてたから私の手紙を持ってるでしょう?」 「持ってるけどね!持ってるけど、今のエステルの手紙が欲しいんだよ。」 「…」
私はこめかみに頭痛を覚え、痛む箇所をぎゅぎゅと押さえる。
「今年の年明けにさ、アイザックが言っていたんだよ。ネーデルの風習で『子供が大みそかに親に手紙を書く』っていうのがあるんだって」
――大みそかに親に子供が手紙を書く 大みそかのネーデルの風習。そしてミルカは両親がもう亡くなっているし、アイザックも父親が亡くなっていて母親との仲は悪い。その為にアイザックとミルカは手紙をお互いに送ったらしいのだ。
日頃言えない事とかを書いて交換し、それを読むのが楽しい。 そうやってアイザックはエドヴァルトに楽しそうに言っていたのだ。
「っていうのを聞いて、さすがにここはネーデルではないし大みそかでもないから。普通にあんまり言葉に出さない事とかを手紙に書くのは楽しそうだなと思ったんだ。」 「日頃言えない感謝…」 「どうかな。まあ、エステル忙しいから無理にとは言わないけど…」
正直私は口下手な方だと思う。 エドヴァルトに甘えたりするのも恥ずかしし、言葉にするのも何だか照れてしまう。 エドヴァルトはすぐ察して甘えやすいようにしてくれるけれど… それも何だかエドヴァルトに申し訳ない気持ちでいっぱい。
…久しぶりに手紙で、エドに伝えてみようかな。
「考えとくね。書いたらこっそり置いとく」 「本当?じゃあ楽しみにしとく!ついでに俺も手紙書くよ!」 「…じゃあシェーンブルーの言葉で書いてね」
実はシェーンブルーの公用語はシェーンブルー語ではない。 トリアノンの言語が公用語である。
シェーンブルー語とは少しだけ発音違う事もあるし、発音のアクセントが違う。 エドヴァルトにとって、トリアノン語が母国語で喋るのも書くのもトリアノン語。 私やバルト公達もトリアノン語で喋ることが多いけれど、咄嗟に出る言葉はシェーンブルー語。
「それは手厳しいなあ」 「エドってトリアノン語とシェーンブルー語がまじった言葉書いてること多いから気を付けてね。言葉間違っていたら赤付けて返すわ」 「そんな、教師みたいなことしないでよ!わかったよ辞書見ながら頑張る」
あはは、と二人で話していると楽しい。 仕事で悩んでいたことも、他の人達の視線や無言のプレッシャーすらどうでもよくなる。これはたぶん、エステに行ってもマッサージをしてもらったとしても。美味しいお菓子やコーヒーを飲んだとしても味わえないものだと思う。
たぶん、約束していた5分はとうに過ぎている気もする。 でも、お互いこの空間に水を差すような言葉は言わない。
あと1分だけでいいから。 エドヴァルトと一緒にいる時間を過ごしたいと思う、私なのであった。
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