◎愛しい人(ヴァルエス)


昼下がり。懐中時計の針は午後二時を指している。エドヴァルトはエステルの執務室の扉をノックした。

今日はホイップクリームを浮かべた物に、この間購入した色鮮やかな宝石に似たキャンディを砕いたのを散らしたらとても可愛らしい珈琲。それと、エステルが食べてみたいと言っていた、エドヴァルトの故郷に昔から伝わるお菓子、マドレーヌ。

女官長のフォティアがエステルのために持って行こうとしていた少々早めのおやつ、をエドヴァルトが届けにいく、と受け取った。


しかし、何度ノックしても執務室から返事が無い。確か今日は1日執務室にいると彼女は言っていた。
以前、無理をしすぎて倒れたことがあるエステルの件を思い出し、エドヴァルトは心配になり、執務室の扉を開けた。


エステルは執務室の机に肘をついてうたた寝をしていた。多分書類に目を通しながら寝てしまったのだろう。所どころ書類のサインの字が崩れていた。書きながら眠ってしまったのだろう。

いつも彼女は日付が変わるまで部屋でも書類やらシェーンブルーの歴史が記載されているぶ厚い本を読むことが多く、エドヴァルトや女官長のフォティアから声を掛けられてやっと就寝するくらいだ。

寝かせてあげたいが、このままだと起きたときに体が強ばってきついだろう。

エドヴァルトはおやつに持ってきた珈琲とマドレーヌが乗ったトレイを机に置き、椅子に腰かけていたエステルをひょいっと抱えて、机の近くにあるソファーに座る。

彼女を自分の膝に寝かせた。彼女が羽織っていた彼女の父親の軍服を毛布がわりに着せると自分の懐中時計を見た。

一時間くらい寝かせてあげたらいい。もし大臣たちから何か言われても、彼女が無理をして体調でも崩したらどうする、と言い返したらいいかな、と言い訳も考える。


何より、無理をしているエステルを見るのも、自分が何も手伝えないことが彼にとって辛い。自分も少しずつ国の事や諸国の事について勉強を始めた。

ロレアル公国の君主になる少し前に、父の意向で諸国に武者修行に行ったから、ある程度の地形は理解できている。かの国の王達の人となりもある程度はわかる。


エステルは女性で皇位継承権第一位の姫。
留学なぞ出来るわけがなく、それの何十倍も努力をしている。そして、一人で国を背負ってる。彼女が重圧に負けてしまわないように、支えなければならない。

自分は彼女の夫だし、自分が本当に辛かったときに支えてもらっていてそのお礼をまだ返すことができていない。大きな借りである。今度は自分の番だ。

エドヴァルトがエステルの頬を起こさないようにそっと触り、手を添える。すると、エステルは無意識に顔を擦り寄せた。


「おやすみ、愛しい人」

母国語でエドヴァルトは囁き、少し屈みながらエステルの小さな唇と頬に口付けをした。





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