◎散歩(ヴァルエス)


ある晴れた9月の事。


私とエドヴァルトは、郊外へお忍びで散歩に出掛けた。

「エド、結構な距離を歩いてきたけど大丈夫?疲れていない?」
大丈夫だよ。大分杖無しで歩けるようになったし、疲れてはないよ」

エドヴァルトは笑いながら、私の手を握ってそのまま歩き進める。彼は私よりも身長が高いし、歩幅も大きいけど、私に合わせて歩いてくれているからか非常にゆっくり歩いてくれている。手袋越しではあるが、彼の体温が伝わってくるように思えた。

一時間くらいたっただろうか。
気づくと、街からは大分離れて周りは森や畑が広がっていた。そして、暑さと同時に喉の乾きを覚えた。

「喉乾いてきたね。飲み物を持ってきた方がよかったかな…」

エドヴァルトが苦笑しながら額の汗を手で拭う。私も拭いたいが、化粧が崩れそうなのでハンカチで押さえるだけにした。

「そうね…どこか水が飲めそうな場所あるかしら…」

せめてどこか、家か人がいるなら訳を話して飲み物を分けてもらえるかもしれないと思って二人で見回すが、見当たらない。

ため息を付きそうになったときにエドヴァルトが私の肩を叩いて左側を指を差した。

そこには、葡萄畑があり熟した葡萄がたくさん生っている。重そうに下がっている葡萄を見ていたら無性にワインが飲みたくなってくる…。喉の乾きを再び思い出して、気分が悪くなって思わず座り込んだ。貧血に似た感じで目眩もする。

「ステラ!?大丈夫?」
「うー。ちょっとキツい…かも…でも大丈夫」


エドヴァルトは一瞬オロオロした顔になったが、少し考えて蒲萄畑の方へ歩き出した。まさかとは思ったが、彼はその葡萄を二粒取って私に一粒渡した。

「えっ、ちょっと…!」
「飲み物代わりにとりあえず食べて。食べないよりマシだと思うから」

エドヴァルト自身も一粒食べながら私の隣に座る。流石に無断で食べてもいいのだろうか。不安でしかないが、この葡萄畑の主に申し訳ないと思いつつ食べてしまった。少しだけめまいが楽になる。

甘くて瑞々しくて、凄く美味しかった。喉の乾きがあったからか、凄く美味しく感じて、もう一粒食べたくなるが、それは我慢。ちなみにエドヴァルトはしれっと二粒目を取っていた。

「ごめんね。水筒持ってきた方がよかったよね…。いつもはすぐに戻るし、いつもより涼しいから…油断していたよ」
「エドのせいじゃないわ…。私もちゃんと考えてなかったのよ…」

自分の詰めの甘さにうんざりしそうになる。いつもながら落ち込むと暫く復活できずに、頭を抱えてうだうだとなってしまう。そんな私の気持ちを察したのか、エドヴァルトは大きい手で私の頭を優しく撫でてきた。

顔立ちとか雰囲気は優しくて、たまに乙女みたいな時もあるけど、彼の大きい手のひらで頭を優しく撫でられたり、本当に大好きだ。そのまま二粒目を私の口に放り込み、私は慌てて食べた。エドヴァルトも二粒目を食べている。

さて、葡萄を勝手に食べてしまったのでそのまま帰るわけには行かないな、と思って、葡萄畑の主を探そうと二人で立ち上がった瞬間。

物凄く大きな怒号が聞こえて思わず固まる。振り向くと畑の主なのかはわからないが、エドヴァルトと同い年くらいの農夫が走ってきてエドヴァルトの胸ぐら掴んでいた。

「この貴族のボンボン共が!!俺の大切な葡萄を勝手に食べやがって!」
「ご、ごめん!…俺達あまりにも喉が乾いて」
「うるせえ!俺達がどんだけ苦労して葡萄作ってるか知らねえ癖に!これはな、皇帝陛下に献上するワインのための葡萄だぞ!どうしてくれるんだ!」

私もエドヴァルトも顔が真っ青になった。まさか。自分達が飲んでいるワインの葡萄だったのかと。やらかしたな、と後悔しても時すでに遅し。

農夫は完全に頭に血が上ったらしく、罵詈雑言に近い言葉を私達に浴びせている。私達がその皇帝夫妻なんだと言いたいが…よりによって今日はいつもと違い、貴族風の衣装を着ている。この状況じゃ嘘をついていると思われるだろうし…。

「あ、あの農夫さん…勝手に葡萄を食べてしまったことは謝るわ。だから、その人から手を離して頂戴」
「んだと小娘!偉そうな物言いしやがって!!お前ら役所に連れていってやる!」

農夫が怒りの頂点に達してしまったらしく、私とエドヴァルトは役所に無理やり連れていかれた。


___幸運なことに、その役所の偉い人は何度か宮殿で私と会ったことがある人だったので、私とエドヴァルトの正体を知ったその農夫は愕然としながら私達に謝ったのは言うまでもない。





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