◎化粧(宮澪)


この時代の「美人」の条件とは、白い肌と赤い唇、教養、長くてまっすぐな髪の毛である。
私には、どれもあてはまらないものである。貴族のお姫様のように、白粉では隠せても真相の姫君のように日に当たらない生活はまったくしていないし、むしろ外に出ることが多いため、色白ではない。正直お化粧はあまり好きではないので、紅もあまり差したくない。

教養は、年の離れた兄や祖父、以前まで勤めていた女房の霧生のお陰で人並みにはあるが和歌を読めるほど頭の回転がいいということはない。

そして問題は髪の毛。貴族の姫は黒くてまっすぐな髪をしている。
実兄の靖紀の奥様も、ぬばたまのまっすぐな髪をしていて、見蕩れたのを覚えている。

以前参内した時にお姫君達を見た時、綺麗でまっすぐとした髪に目がいってしまった。自分は茶色で、しかもまっすぐではない。ふにゃふにゃと波打った髪で長さも肩をようやく過ぎたくらいにしかない。

自分の知っている妖怪たちも、みな髪こそ長い。
以前怪我を負った私に治療してくれた夕霧も束ねるほどの長さがあるし、玖條や玉藻も背中くらいまで長い。七瀬も膝まで長いし、譲葉も背中ほどの長さであった。

そして、私のそばにいてくれる匂宮。彼は青年の姿だと膝くらいまでの長さだし、髪の毛こそまっすぐではないけれど、ふわふわして柔らかい。あと、むかつくくらい睫毛が長く、綺麗な顔をしている。

昔はそうでもなかったのに、「美人」になりたいと思うようになってしまった。
肌の白さは諦めている。教養も…また頑張って和歌の勉強をしよう…。
少しは化粧してみたら、少しは美人に見えるだろうか…。


「で、わたしを呼んだのね」
あくびをしながら玉藻は言う。自分の持っている化粧道具とは違うものに興味津々である。自分でお化粧するのはまだ、苦手なので同じ女性の玉藻に頼むことにしたのだ。

「こ、こんなこと玉藻にしか言えないもん…」
「七瀬だって女じゃない、わたし寝てたのにぃ…」
「七瀬は忙しそうだから…お願い…」
「わかったわよ、じゃあ目を瞑ってもらえるかしら。白粉からね」

白粉を取り出し、私の顔に塗り始めた。たまに粉っぽくて咳が出る。

「どうして、急に『美人』になりたくなったのかしら。それだけ聞いてもいい?」
「…絶対言わない?」
「口止め料もらえたらね」
「わ、私に払えるものでお願いね…」

何度か粉をふくませて薄く私の顔に塗った後、玉藻は手を止めた。

「ふふ。あまり塗りすぎると気持ち悪いだろうしそこそこにしておくわ」
「え…?」
「あんなお化けみたいに塗りたくること無いのよ。笑うと化粧崩れちゃうしね。一度化けた時にああいう風にしたこととあるけど、もうやりたくなくってよ」
「そうなんだ…。お姫様って大変なんだね…」
「貴女も一応、名門でしょう?祖父様が凄いんですってね。」
「でも名ばかりだよ?もう…私と兄上さましかいないもん」

玉藻は次に紅を取り出した。

「うーん、目の所にも塗ろうかしら。お揃いよ?私たち」
「口だけでいいよ…」
「もー…。じゃあ唇だけね。」

玉藻は紅差し指にちょんちょんと口紅をつけて私の唇に塗り始めた。
しばらくじーっと私の唇を見ていた玉藻は、何度か周りを見回した。
何だろう、と思ってみると玉藻の顔が近づいてきた。ちょっと怖い。

「え」

玉藻は私の顔を固定して顔をさらに近づけて来た。琥珀色の瞳がにっこりと細められて、白い睫毛に縁取りされた瞼が下り、女の私から見ても綺麗で妖艶な顔に見惚れていると、私の顎に手を添えられた。愛しい彼とよく似た仕草で玉藻が微笑む。

口吸いされる、と思った瞬間思わず目を瞑った。そして何かを殴る音が聞こえた。

「何をしている」

目を開けると、玉藻は頭をおさえている。そしてその後ろには拳を構えた愛しい彼。
不機嫌な顔で私と玉藻の間に入り、次は平手で玉藻を叩く。

「殴ること無いじゃないのよ!」
「さっさと帰れバカ。私とて暇ではないのだ。シッシッ」
「何よぅもう〜…兄者の方がバカよっ。ちび男」

さらに蹴られそうになりながら玉藻はよけ、叩かれた頭を抑えながら姿を消した。
匂宮は不機嫌そうな顔をしつつ、ポイっと私に紙を渡した。

「書状だ。頼幸から」
「あ、ありがとう。そして、おかえりなさい」
「ただいま」

匂宮は先ほどまで玉藻がいた場所に腰を下ろす。あぐらをかいているため、その…短い丈の衣装はいろいろと見えそうになるのでやめていただきたい…

「ね、似合うかな?玉藻にやってもらったんだけど…」
「…急に化粧など如何したのか?」
「や、やってみたかったんだもん…」
「何故」

匂宮はきょとんとした表情で私を見つめる。

「えっと…あ、のね…綺麗になりたかったの…」
「見せる相手もおらぬのに?」
「いるもん!」
「あ?誰に見せると?」

匂宮が睨んできた。怖い。

「宮に…見せたかったの!」
「…?私に見せたいと?」
「うん。綺麗だ って言って欲しくて…でも自分じゃ出来ないから…玉藻に頼んだの」

言っていて恥ずかしくなった。たぶんその表情が面白かったのか、宮が笑い出した。

「もう!笑わないでよ…!似合わないならすぐ落とすから!」
「似合ってないとは言ってない」
「宮は言い方がまどろっこしいの!」
「いつもより大人に見えて、綺麗だと思う」

いつになく真剣な顔で言う宮の顔が見れない。

「う…」
「言えと申したのは澪だろう、それだけで赤くなってどうする」
「慣れなくて…」
「慣れてもらわねば困るな。さて、もう気が済んだか?今さっき澪が怒った所為で化粧が崩れておるぞ」
「えっ…!もう宮の所為!!」
「はは、…化粧は特別な日にだけすればよいと思うぞ。」
「特別な日…?」

今度は匂宮に私が尋ねる。すると、彼はとびきり甘い笑顔と声で私に言った。

「たとえば。…祝言とかな。私と澪の。いつがよいか?」





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