とても真っ直ぐで迷いのない瞳をした子だと思った。
目が合う度に、視線を感じる度に、わたしの心と体がばらばらになってしまうようなそんな感覚。
理性と本能がうまく噛み合わない。
こんなにも誰かに執着することは、初めてかもしれない。
今年からこの学校に赴任してきてやっと仕事にも慣れてきた頃、授業の空き時間を利用して資料室で明日の授業のプリントを準備していた。
作業が一段落して、外の空気でも吸おうと窓をのぞいたら非常階段に女の子が座っているのが見えた。
授業を抜け出したのかしら。
ええと、注意するべき?
体育座りで頬杖をついてぼんやりしている女の子。
オレンジ色の彼女の髪にきらきらと陽の光が反射して、
純粋にきれいだと思った。
しばらく見とれて呆然と立ち尽くしてしまう程に。
まだ授業を教えたことがない2-Bの教室の扉をガラガラと開ける。
にっこりと笑顔を貼り付けながら教室に入って辺りを見渡す。
窓側の一番後ろの席に、あの子がいた。
授業を始めてもシャーペンを手にしてノートになにかを書き込むこともせず、ただぼーっと窓の外を眺めていて
「ロビンせんせーどうしたの?」
生徒に指摘されてはっとする。
「ごめんなさい、授業を再開するわ」
そう言って最後にあの子に目をやると、一瞬だけ、ほんの一瞬、目が合った。
澄んだ瞳に吸い込まれそうで、時が止まればいいと切に願う。
前ぶれもなく生まれたこの想いは、無かったことになんてとても出来なくてただ想いを抑えることだけに意識を集中した。
求めてはいけないのに、わたしはあの子を近づけて側においている。
触れてはいけないのに、この手が無意識にあの子を欲している。
あの時だって、
放課後、職員室から資料室に向かう途中にある保健室の前で、ポーラが壁にもたれていた。
「あら、ロビン
ちょうどいいところに来たわね
話があるんだけど」
ポーラがそう言って保健室に入るよう促したからわたしも渋々中に入る。
「話ってなあに?」
「私たちの過去についてよ」
ポーラの一言で周りの空気がガラリと変わった。
わたしが周りを注意深く見回すと、ベットのひとつがカーテンで仕切られていて、
「……今のこの状況では話すことは何もないわ」
「大丈夫、生徒はぐっすり眠っているわ
わたしだって聞かれたくはないもの」
なぜポーラがもう終わった昔の話を今更するのかわからない。
いや、気付きたくない。
大学時代、友達という関係を越えて気の向くままに関係を持っていたあの頃。
互いに縛らず都合の良い時にだけ。
そもそもそんな関係が長続きするはずもなく、再びわたしたちは友達に戻った。
「単刀直入に言わせてもらうと、またあなたと関係を持ちたいの」
さらりとなんでもないことのように告げるポーラは、わたしを試すように見つめてきた。
「わたしは…………」
と、言いかけたところで
――ポーラ先生、お電話ですので至急職員室にお願いします
「もう、なんてタイミングなの
続きは私が戻ってから聞くわ」
ポーラが颯爽とこの部屋を出ていった後、一人取り残されたわたしはこのまま逃げてしまおうかどうかと逡巡していたら、かすかなうめき声が聞こえた気がした。
耳をすませばそれがはっきりと聞こえて、音をたどってみればカーテンに遮られたベットに行き着いた。
少し迷ってカーテンを静かに開けると、そこにはナミちゃんが眠っていて。
すごくすごくびっくりした。
「う………んん」
なにかにうなされているらしく少しだけ眉間を険しくさせながら唸っている。
どこか具合が悪いのかと気遣う気持ちと、普段見ることの出来ない一面を見ることができてうれしい気持ちで胸がいっぱいになる。
ナミちゃんの寝顔は普段より幼くて無防備で、抑えきれない愛しさが込みあげて、
気づいたら目の前の唇にキスをしていた。
顔を離したら、ナミちゃんの表情が安らかになったような気がして、その瞬間はっと我にかえった。
自分のしたことが信じられなくて、さっとカーテンを閉めてさっきまで座っていた椅子に座った。
口許を手で覆って忘れようとするけれど、柔らかな唇の感触がいつまでも離れない。
手に入れたものは罪悪感と後悔で。
ナミちゃんに触れた瞬間心が満たされて、離れた瞬間自分の想いに心を締め付けられた。
そして
つう、と一筋涙が頬を伝った。
再びポーラと過去のことについて話をした時、わたしの心はもう決まっていた。
はっきりとポーラの提案を拒否してファイルの忘れ物をナミちゃんに届けようとした時、
「ナミのことが好きなんでしょう?」
ポーラがそう囁いて微笑んだ。
「ポーラ、一体なにを考えているの」
言いかけた途端に唇を奪われた。
ばさり、と落ちるナミちゃんのファイル。
「……ポーラ、あなたと再び関係を結ぶつもりはないわ
過去はどうであれ今もこれからも」
とん、とポーラの両肩に腕をつきだして距離をとってから冷静にそう告げた。
「その前にさっきの質問に答えて。
ナミが好きなんでしょう?」
「……その質問に答えたらあの子が手に入るわけじゃないでしょう?」
「そう、その答えだけで十分だわ
もうあなたには手を出さない
これからもあなたの友人として振る舞うわ」
「ポーラ」
「あなたのそんな顔今まで見たことないわ
本当に好きなのね」
自分ではない誰かにそれを言われると事実がさらに重みを増してわたしにのしかかってくるような気がした。
「キスのことは謝るわ
ただあなたの本当の気持ちが知りたかった
」
「でもこの気持ちをあの子に伝える気はないわ」
「あなたがそう決めたなら私からは何も言うことはないわ
でも相談があるときはいつでも乗るから」
いたずらっぽく笑って去って行くポーラの背中を見つめながら、謝罪と感謝の言葉を心の中で呟いた 。
あなたの想いに応えられなくてごめんなさい。
友達でいてくれてありがとう。
<あとがき>
ということでロビン先生のターンです。
ロビン先生もポーラ先生も何考えてるかさっぱりわからなくて何度か挫折してひいひい言いながら書きました(笑)
ポーラはロビンと気楽な関係を望んでいて、でもロビンがナミを好きなのを知ったので、もともとそんなに執着してなかったのからあきらめてこのままロビンの友人でいることに決めたっていうね。
なんかポーラを可哀想な立ち位置にして申し訳ない。
ポーラは気まぐれだけど人を傷つけることまでは望んでいなくて、ちゃんと友人としてロビンの幸せを望んでます、とフォローしておきます。
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