最近ロビン先生は表情が柔らかくなった、と思う。
と言うのはなんだか少し語弊があるけど、決して無愛想なわけじゃなくて、むしろいつもニコニコしてるけど、あれはただ笑顔を貼り付けてるだけで無意識に他人との距離をとっているような、そんなイメージ。
ふわり、と花のように微笑んでくれる機会が増えた。
これはただの憶測に過ぎないけどたぶん正しいんじゃないかと思う。
あたしだってただぼんやりとロビン先生を観察してるわけじゃない。
照れると困ったように笑う癖や、ああ見えて可愛いものが大好きだったり、好奇心旺盛で興味があるものに対しては子供のように目を輝かせたりする(まあ主に歴史関係の本を読んでる時だけど)。
それに天然で変なところで大雑把。
ほんのちょっとでも距離を縮めて、ロビン先生のことをもっと知りたいと思う。
同じ時間を共有できるってだけで満たされてたのに、今度はロビン先生に触れたいと思うようになった。
想いがどんどん切実なものになるにつれて、胸が苦しくなる。
恋が楽しいなんて浮かれていた頃の自分は、なんて浅はかだったんだろう。
想う気持ちと欲がどんどん膨らんで押しつぶされそう。
果てがないってこんなに不安定で心もとないものなんだ。
くらくらとめまいがする。
「…ナミちゃん?」
「え?」
名前を呼ばれて初めて、意識を別のところに飛ばしていたことを自覚した。
はあ、なんかもう末期症状だわ。
「どこかぼーっとしていたようだけれど大丈夫?」
そう言ってロビン先生が心配そうにあたしの前髪を掻き上げて掌を額に当ててきた。
「っ………!!」
思わず呼吸が止まる、顔に熱が集まっていくのが嫌でもわかる。
ぎゅっと目をつむるけど今度は心臓の音がやけにうるさく聞こえる。
「少し高いような気もするけれど、熱はないみたいね
どこか具合悪い?」
「いや、ただの寝不足だと思うから」
「そう、今日は早く眠るといいわ」
「うん、そうする」
手元にある本にまったく集中できない。
大きな理由の一つはロビン先生が今日はポニーテールにしてるからなんだけど。
嗚呼、眼福です。
携帯のカメラで撮りたい衝動に駆られて、何度それを必死に抑え込んだことか。
ぱらりとロビン先生がページをめくる音ばかりが部屋に響く。
気づかれないように何度目かわからないため息をついてロビン先生の方へちらりと目をやると、今日はあの素晴らしい髪型にしてるせいで真っ白なうなじが大公開されている。
う、うれしいけど、今のあたしには…
そのうなじに唇を寄せてあたしの想いを刻み込めたらどんなにいいか。
すぐ目の前にあるのに手を伸ばして触れることさえ叶わないこの感情はどうすればいいんたろう。
人を好きになるってもっときらきらと綺麗なものだと思っていた。
「あら、もうこんな時間
じゃあ今日はここまで、ね」
「うん、じゃあまた明日」
素早く帰り支度をしてロビン先生にさよならを告げる。
下駄箱で靴を履き替えようとしたらちょうど生徒会が終わったらしいビビとばったり。
「ビビも今から帰る?」
「ええ」
「じゃあ一緒に帰ろ
せっかくだから少し寄り道して…って、ああ!!」
「どうしたの?」
「ロビン先生のところにファイル忘れてきちゃった
ちょっと待ってて」
「私も一緒にいくわ」
ビビと一緒に少し早歩きで廊下を進んで行くと、社会科資料室の前で誰かが言い争っている。
あたしとビビはとっさに近くの柱の陰に隠れて、悪趣味だと思いつつもそーっと様子をうかがった。
だけどここからじゃ死角になって姿が見えない。
「…それより、この前の話考えてくれたかしら?」
「なんのことを言っているかわからないわ」
「過去のことをなかったことにするつもり?」
「過ぎ去ったものはもう戻ってこないものだわ」
声から判断してロビン先生とポーラ先生ってことはわかったけど。
一体なんの話をしているの?ってビビが小声できいてくるけどあたしにもわからない。
さらに身を乗り出してみたらやっと二人の姿が見えた。
あ、ロビン先生があたしのファイル持ってる。
届けてくれるつもりなのかな。
声をかけるにも二人の会話がどうしても気になって。
「昔はたしかになんとなく流れであなたとの関係を続けて、そしてあっという間におわってしまったけれど、またこの学校でこうして出会うことができたのよ。
またあのときの気楽な関係に戻りましょう?」
「…遠慮するわ
あの頃みたいに後先を考えないほど若くはないから」
二人の言っていることがわからない。
関係ってどういうこと?
ただの友達じゃなかったの?
もうファイルなんてどうでもいい。
「この件についてもう話すことは何もないわ」
そう言って話は終わったとばかりにロビン先生が歩き出してこっちの方にに向かってこようとしたとき、ポーラ先生がロビン先生の耳元でなにかを囁いた。
みるみるうちにロビン先生の表情がこわばっていき、
「ポーラっ
いったいなにを………んんっ!!」
ロビン先生がなにかを言おうとしたのを、素早くポーラ先生が唇を塞いでそれを遮った。
ばさり、とロビン先生の手からあたしのファイルが落ちる。
目の前で起こったことが信じられない。
思考が全て停止して、冷静な判断ができない。
ただ静かにその場をはなれた。
「まさかあの二人が……」
ビビがなにか言った気がするけど全然耳に入らない。
あたしもビビもただ黙々と歩いてお互いにさよならも言わずに家路に着いた。
家のドアを開けるなり、すぐに浴室に直行してぼーっとしながらシャワーを浴びていたら、今更涙が溢れてきて誰もいないのに静かに声を殺して泣いた。
愛しくて愛しくてどうしようもない想いも全て水に流れてなんの感情も残らなければいいのに、どんどん想いが募って胸が張り裂けそうになる。
悲しいつらい苦しい、なんてそんな単純に感情を当てはめて割りきって涙を流しているわけじゃない。
思っていた以上に深く深くどうしようもないくらいにあの人が好きなんだって、まっすぐな自分の気持ちの重さを痛感してしまったから。
決してこんなきっかけで気付きたくはなかった。
前が見えない。
後ろを振り返ることもできない。
どこにもいけない、そしてがんじがらめ。
その夜は一睡もできなかった。
<あとがき>
やっと物語が本格的に動き出しました。
いろんな人がいろんな事考えてますってことです。
ちゃんとシリアスになったかとても不安だけど。
次はロビン先生のターン、のはず。
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