私がお父さんのところに連れてこられてひと月が経った。
私と同い年かそれよりも下くらいの子も多くて、学校に行けなくなってからも友達と遊べているようで楽しい。
…学校の友達は、傷つけてしまったせいでもう会えなくなってしまったけど。
お父さんは私が生まれた時からあまり家にはいなくて、お母さんとお兄ちゃん達に育てられたようなもので、あの事件が起きてお父さんが迎えに来た時はどう話をすればいいのかわからなかった。
お父さんは私と目を合わせることもなかった。
このひと月は長谷部、という男の人が私とずっと一緒にいてくれている。
上のお兄ちゃんよりも年上で、私のことを様付けで呼ぶものだから、すごく抵抗がある。
ここの人達はお父さんのことを主と言う。
お父さんはすごく偉い人みたいだけど、よくわからない。
今いる場所だって、周りにはビルもないし建物自体が和風そのもので、知識だけで体験することはないだろうと思っていた生活様式だった。
ますますお父さんが何をしている人なのかわからない。
「………今日は何をしようかなあ」
いつもは一期一振さん(ここの人達はすごく不思議な名前をしている。おまけに服装も不思議だ)に勉強を教えてもらっている時間なのだが、今日は仕事があるらしくてお休みだ。
部屋から出れば、まだ満開を保ち続けている桜が視界に入る。ここの桜は長く咲くなあ、と思いながら庭を見ていると、誰かが怒鳴っている声と、どたばたと走っている音が聞こえてきた。
「なに…喧嘩?」
ここには長谷部や一期一振さんみたいな男の人が多い。喧嘩なんてしてたら大変な事になりそうだ。
…怖い、けど、好奇心には勝てそうにない。
声がする方へ足を向ければ次第に声が聞こえてくる。
「は――く、い―で―――いれ――を!!」
「…?」
声は長谷部の声のようだ。怒鳴り声というよりも、切迫詰まっているような声。
そのまま曲がり角を曲がれば、そこには沢山の人がいて、真ん中には、
「――――え?」
血まみれの平野藤四郎と小夜左文字がいた。
肩を支えられてかろうじて座っている小夜くんは、痛みに顔を歪めている。平野くんに至っては横たえられていて、目を閉じて歯を食いしばっている状態だった。
「な、んで…こんな…怪我…」
思いも寄らない光景に腰が抜けてその場に座り込んでしまった。尻餅をついた形になったせいか存外音が響いてしまい、一斉に視線を浴びる。
よく見れば、二人以外にも怪我をしている人がいる。
「名前様…!?」
すぐに長谷部が私の元へ来た。
よく見れば長谷部も傷だらけになっている。
「なん、で…小夜くん、はせべも、」
「貴女が見るようなものではありません」
部屋へ戻りましょう、と腕を引かれて立たされる。
背中を押されてもなお視線は傷だらけの二人の元へ。
そうしているうちに前から足音が聞こえてきた。
「――主!」
「長谷部。状況を教えてくれ」
お父さんは、私が見たことない焦った顔で傷だらけの二人を見やる。
「は。――第二部隊が京都巡回から帰還中、検非違使と遭遇、交戦。刀装が溶けていた平野藤四郎、小夜左文字が重傷です」
「…そうか」
聞いたお父さんは二人の元へ歩いていくと、膝をついて目線を合わせる。
「――無理をさせてすまない。すぐに手入れをしよう」
「…ごめん、主」
小夜くんの言葉を聞いたお父さんは、小夜くんの頭を撫でる。そうして、近くにいた大きな男の人に二人を運ぶよう告げた。
「名前様、部屋へ戻りましょう」
その様子を眺めていた私に痺れを切らしたのか長谷部は私を持ち上げる。
あっ、と声をあげてもずんずんと進んでいく。
途中でお父さんとすれ違う。
「あ……」
「……長谷部、頼む」
「はい」
そのままお父さんは行ってしまった。
「おろして、おろして…!」
腕の中でもがいてもびくともせずに結局部屋まで連れてこられてしまった。
部屋に着けばそのままゆっくりと降ろされてそのまま長谷部の腕を掴む。
「なんであんなケガ…」
下手したら死んでしまう。救急車も呼んでなかった。
「病院つれてかないと…しんじゃうよ…!!」
死んじゃう、と言う言葉に目を丸くした長谷部は、そうか、と呟く。
「名前様。理解は求めません。しかし聞いてください。ここにいる者はヒトではありません」
「……、?」
「全員、刀です」
刀。刀って…
「人を斬る刀…?」
「はい」
そうして長谷部が口にしたのは、刀剣男士のこと、審神者のこと、歴史修正主義者のこと。
「じゃあ、みんな元は刀なの?」
「はい」
「小夜くんたちも?」
「はい」
「長谷部も…?」
「…はい」
少しバツが悪そうなその顔にも傷がある。
「長谷部が刀なら、その傷も早く治るの?」
「…?はい、手入れして頂ければすぐに」
「はやく手入れに行ってきて」
刀でも、人の体を持ってるなら痛いはず。
折れなきゃ戦えるなんて、そんなことは言わないで欲しい。
「長谷部、お願い、怪我しないで」
また目を丸くした長谷部は、少し黙ってから善処します、と呟いた。
無知なる倖せ
20150620