あれから長谷部はすぐに手入れをされて傷ひとつない姿で現れたのを見て、本当に刀なんだと理解せざるを得なかった。
そして、あの時私を襲ってきたのは通り魔ではなく歴史修正主義者だったことを改めて説明された。
標的は初めから審神者である父の娘、私だったのだ。

本来なら部外者である私はそのことについての記憶を消されたままでいるはずが、霊力が目覚めてしまったことからそうもいかなくなったらしい。
更に私はお父さんのように審神者として生きていくことが決まっている。

長谷部が何度もわかりやすく教えてくれたおかげで、自分の中で噛み砕いて理解して、もうお母さんとお兄ちゃん達の元には戻れないこともなんとなく感じていた。


私がもう少し取り乱すと思っていたらしい長谷部は気遣わしげにこちらを見ていたが、大丈夫だと判断したのか一度部屋を出て夕食を持ってきてくれた。



***


彼らが刀だと知った、その夜。


布団に潜り込めば昼間聞かされた自分の未来について頭はぐるぐると動き始めた。
今思えば、昼間は人ごとのように感じていたと言ってもいいかもしれない。なにも実感が湧かずにいた。
理解から実感に変わってきたのか、どうしようもない不安と悲しみに襲われてくる。

私はもう、あそこには帰れない。

母や兄にもう2度と会えないかもしれない、あまりにも酷な事実は容赦なく襲いかかってきた。


「……っ、」


目の前が歪んで、溢れてしまった涙は止まることなく流れていき、嗚咽が漏れでる。
枕に顔を押し付けて布団で全身を覆って自分を守っても、悲しみは突き刺さってくる。


「っ、…………ふ………うっ、」


さみしい。かなしい。こわい。かえりたい。

頭の中でそれだけがぐるぐると巡り、溢れる涙はさらに増え、横隔膜が痙攣してくる。


「…名前様?」


枕がすっかり濡れてしまった頃、外から小さな声が聞こえた。
それはもうすっかり聞きなれた声で、


「………はせ、べ?」


囁くように名前を呼べば障子に映る影が少し動いた。


「いかがなさいましたか?少し、苦しげな声が聞こえましたが」
「……………っ、」


痙攣し続けていた横隔膜のせいで少ししゃくり上げてしまう。それに気づいたのかすぐに失礼します、と影が障子に手をかけた。


「名前様?」
「はせべ」
「本来ならば夜更けに女性の部屋に入るなどならぬ事ですが、お許しください」


寝間着なのか、着流しを着ている長谷部がそっと部屋に入ってきた。


「…はせべ」
「はい」


名前を呼べば布団のすぐ傍まで来てくれる。
顔半分を枕に埋めていた状態から顔を上げれば、正座をする長谷部の奥には満月が見えた。


「…泣いて、おられたのですか?」


月明かりではっきりと顔を見られたらしい、そっと目尻に溜まっていた涙を拭われる。


「はせべ」
「はい」
「わたし、こわい」

帰りたい、そう呟けば目尻のあたりにとどまっていた手がぴくりと動いた。
再び涙は溢れ出して、長谷部の手を濡らし、布団に染みを作っていく。


「お母さんたちに…会いたい…っ、」


嗚咽混じりに声を出せば、優しく頭を撫でられる。
その手つきはお兄ちゃんによく似ている気がして、思わず布団を飛び出て抱きついた。


「っ、」
「おかあさん…お兄ちゃん……っう、うう…」


しばらくしてからそっと背中に回された腕の優しさに縋ることでしか悲しみを紛らわすことはできなかった。



***



自分に抱き着き震えているちいさな身体をどうすればいいのかわからないまま、その背中に腕を回すことでさえもこの少女を壊してしまうのではないかと躊躇う。
壊すために作られた刀の自分が、こんなにも傷ついている少女のそばにいていいのかと考えてしまう。

…それならば少女の様子が気になったなどと部屋を出なければ良かった。
部屋から漏れ聞こえる嗚咽など聞こえないふりをして、声などかけなければ良かったのだ。

主に任されたのは少女の身の回りの世話だけ。なのにどうしても気になってしまう自分がいた。

自分が彼女の傍にいたところで気の聞いた言葉1つかけることもできやしないのに。
そんな後悔が頭を巡るが、来てしまったのだ。せめて少しでもこの少女の胸の痛みを和らげることができれば。


――人は心音を聞くと落ち着くと聞いたことがある。


ヒトではない自分の心音を聞いたところで効果があるのかはわからないが、意を決して目下の背中に腕を回す。
そうすれば胸板に痛みを感じるのではと思うほど強く顔を押し付けられた。
片腕でちいさな後頭部を抱え自分の左胸に押付ければ背中に回された手が着流しを強く掴む。

しばらくそうしていれば、段々としゃくり上げる間隔はあいて、次第に規則正しい息づかいが聞こえてきた。泣き疲れてしまったのだろう。


着流しの裾を掴む手をそっと外してそっと布団に寝かせてやれば、少し開いた障子の隙間から漏れ出た月光が涙の跡を照らしている。
起こさぬようそっと涙の跡を拭ってやり、そのままそっと触り心地のいい髪を撫でた。


「おやすみなさいませ、名前様」


満月を眺めながら自室へと戻った。




さよならエメラルドの日々



20150805

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