03-1
抱える瓶には、夕陽のようなキレイなオレンジ。
―――――俺はお前がくれたものを、返すよ。
(ちがう、)
「ちがう…」
「悠?」
「ち、がう…ちがう、ちがう!だって、ようすけはじぶんでのりこえたもん、けっきょくひとりでかいけつしたもん、おれ、なにもしてない…!」
悲鳴のような声で叫んだ。でも目の前のキレイなオレンジは消えてくれない。
なんで、と思う。どうして捨てれない。"本物"はもう後ろの瓶に詰めてしまった。中身の無い瓶はただのガラスだ。入れるものがないのに持っている意味はどこにある。価値がどこにある。存在は、どこにある、?
(どうして、)
「じゃあなんでお前は、」
(いわないで、)
「お前は、"お前"を大事そうに抱えてるんだよ」
真っ直ぐ射抜くその瞳が直視できないんだろう。
多少乱暴な音がして、緑色の瓶の蓋が開く。
「さとなか、」「あたしだって…あたしだって、返すよ」
半ば押し付けるようにしてオレンジ色のアメの上に、若葉のような綺麗な緑のアメが落ちる。里中はアメと同色のジャージの袖で、滲んだ涙を拭った。
「いっぱいいっぱい、キミに教えてもらったよ。雪子を守ることに意固地になってる自分の本音がみっともなくって、それでもキミはそれも私だって…っ」
嗚咽で最後まで言えず、里中はぐいぐいと目を擦りながら突っ立っていた。
後ろで千枝、と呼ぶ声がする。その声に里中は無理矢理足に力を入れた。
「『とにかく特訓したい』って言い出した時も、カツアゲに一人で突っ走っちゃったときも、キミはいつもあたしを助けてくれた。あたしだけじゃない、皆の為にキミは走ってた。それがキラキラして見えて、これがあたしの求めてる"自分の価値"なんじゃないかって、思ったの」
(でも違ったよ、価値なんてどこかに落ちてるようなものじゃなかった)
「…ちえは、すごいよ。せいぎかんがつよくて、まっすぐひとにぶつかれる。あしわざはすごいし、それはじゅうぶん、ちえのだいじな"かち"だよ」
「ううん、違う。あたし、自分の役割しか考えてなかった。"守る"っていうのは、価値とかそういう建前とか理由的なものは、要らないんだ」
ただ、"守りたい"という気持ちを持っていればよかったのだ。"価値"を探すのは、ずっと後でいい。それは、十年とちょっとしか生きてない里中がわかるわけないのだ。
(それはきっと、鳴上君も同じはずだから)
「キミが教えてくれたんだよ、だから、」
―――――私、これからもキミを守りたい。
(そうだね、)
天城雪子も同じように、自分だと言われた、目の醒めるような赤色の瓶を手に取った。そして鳴上悠の瓶へと。天城の赤が、里中の緑色の上に落ちていく。
天城にもわかってしまった。それは完璧な人物像を持つ鳴上悠の、唯一の"特技"であり、唯一の"欠点"。おそらく泣いている千枝も後ろに居る他のメンバーたちにもわかっていることだろう。
「あのね、鳴上くん」
花村が離れたので、今度は天城がシャドウの前にしゃがみ込む。
「私ね、不満があるのにずっと受動的に生きてきた。だから、今度こそ自分でそこから動いてみようと思ったの。天城旅館を継がずに町を出てみよう、って。でも、違ったね。私に必要だったのは、離れることでも、言われた通り旅館を継ぐことでもなかった」
―――――『私に必要だったのは、その選択肢を"自分で"選ぶこと』。天城は笑った。連れ出してほしいと思っていた少女の顔と、見違えるような清々しさで。
「あまぎは、つよい…けっきょくじぶんでえらんだよ。りょかんがだいじなんだって、じぶんできづいたよ。それに、あまぎにはさとなかがいる…」
俯いたシャドウがぽつりと呟く。まるで自分には居場所が無いとでも言いたげに。
「シャドウと向き合うことができたのは、千枝のおかげ。今も昔もこれからも、千枝は私の大事な親友で、支え。でも、きっと千枝だけが受け止めてくれただけじゃ、私は選べなかった」
目の前に、それは常にあった。どんなに苦しい状況でも、決して逃げずに自分で答えを掴み取る、頼もしいリーダー。
「貴方が教えてくれたもの。そうだな、花村君は返すって言ってたけど、私は、」
―――――私のこれは、お礼だよ。勇気を、ありがとう。
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