02-2




「花村君?」


天城雪子は突然歩き出した彼に声をかけた。彼はそれには答えず、七つの瓶が置いてあるところまで来ると、振り返って問いかけた。

「これ、俺んだって言ったよな?」


指差したのは鮮やかなオレンジ色の瓶。シャドウが頷いたのを見ると、花村は瓶のコルクの蓋をひっぱって開け、おもむろに手を突っ込んで、


「やる!」


と言ってシャドウが持っていた瓶にアメをひとつかみ、入れた。これには天城どころかメンバー全員が驚き、怒った。


「ちょ、あんた何やってんの?喧嘩売ってるわけ?」

「無神経過ぎますよ、花村先輩」


それはそうだ。あんなアメの無い子どもにお情けでアメをやるような行為、鳴上のシャドウである彼は良い気分などしないだろう。しかしそんな言葉も花村は無視をして、シャドウの低い目線に合うようにしゃがみ込んだ。


「ようすけ…「俺な、」


花村は目の前の彼の頭を撫でた。その仕草とは裏腹にその表情は真顔でしっかりと彼を見つめていた。


「正直お前に出来ねー事なんてほとんど無いと思ってる。運動とか頭の出来も俺と比べんのが申し訳ないくらい良いし、料理はできるわ、たくさんペルソナ持ってるわ、モテるわ。きっとお前にとっては困難なんて困難じゃねえんだろうなって、思ってる」

「ちょっと、花村君…!」


なんてことを言うのだ。彼はさっき悲しそうに言っていたではないか。「なんでもできるけど、なんにもない」と。仲間なら彼を慰めてあげるべきでないのか。さすがの天城も声を荒げた。しかしその声も、全く無視される。


「なあ、そんなお前が思う俺の唯一のモノって、何?」

「…ひとのきもちをくめるところ…ひとがこまったり、かなしかったりしたら、じぶんがばかをやってでも、くうきをかえてくれるところ…」


シャドウはその質問に戸惑ったようだった。しかしぽつりとそう告げると、そっか、と花村は言って、笑った。


「だったら、それの分、お前に返さないとな」

「?」

「人の気持ち考えたり、人の為に馬鹿やれんのは、お前のおかげ」


こつん、と花村の人差し指が彼の瓶に触れた。オレンジ色が底の方できらきら輝く。


「お前俺のシャドウが言ってたこと覚えてるか?商店街もジュネスも田舎暮らしも全部うぜえ、孤立すんのが怖いから上手く取り繕ってヘラヘラする。他人の為に空気読んだことなんかひとつもなかった」


シャドウも他のメンバーも、黙って話を聞いていた。彼のシャドウの話をするのは、天城が知っている限り初めてだ。


「自分のことばっかだったんだよ。でも、お前と過ごしてて、変わった。俺がなりたかった"特別"は、ヘラヘラ笑って取り繕うものじゃない。お前が教えてくれたんだ、だから」




―――――俺はお前がくれたものを、返すよ。









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