カズイは俺の事を「ソウ」と呼ぶ。初めて会った時に彼女に名前を言ったのだけど、彼女はそれを「長すぎる」と言って勝手に省略した。以来俺の名前は「ソウ」。あのときは俺も何が何だかわからなかったし、今なら彼女が勝手に名前を省略した理由が理解できる。彼女には「アキヤマ ソウイチロウ」なんて長い名前は、必要ないのだ。彼女にとって名前は、「人間」という動物の一種を区別するための「記号」でしかないのだから。…まあ元々、ここにはカズイしか人間はいなかったのだけど。


「カズイ、ミドリがまた泣いてるけど」

「何故」

「葉っぱがないってさ」

「自分で取りに行け」


わかりきっていた答えではあるが、俺はその返答をそっくりそのまま外に居るミドリに伝えた。下から涙交じりの悲痛な声が聞こえてくる。ミドリは臆病者だ、身体はすごく大きくて迫力あるのに。しばらく放っておいてみると、ミドリが本格的に泣きだしたので、しょうがなく俺は立ち上がった。


「行くのか」

「おう。あのままだったらいつまでも泣き続けるだろう」

「お人好しだな」


カズイが俺ではなく別の一点を見つめたままそう言ったのでそう返すと、呆れの含んだ声でそう呟いた。なに言ってんだか、と俺は思う。俺が寝ていたり気づかないときは彼女がミドリに葉っぱをあげているのだ。お人好しはお互いさまのくせに。
でもそれを言っては機嫌を損ねるに違いないので、俺は何も言わず部屋を出ようとする。


「ソウ」

「何?」

「いってらっしゃい」


カズイは相変わらずこちらを見ていない。俺は吹き出しそうになりながら、「おう」と返事した。





02.いってきます。
(「いってらっしゃい」は、彼女が唯一知っていた挨拶だった。)


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