便利屋の元に住み込んで間もなく、既にそこに情報屋の姿はなかった。
便利屋のシャツは脱ぎ捨てて、首元が大きく開いたいつもの服を着て裏通りを歩いていた。
首筋や鎖骨に付いて居る痕なんて気にしていられない。
それほどまでにあの場所とあの香りのするシャツが嫌だった。


『ジゴロのあんたと娼婦の息子の俺じゃ話が違う』


そういって出てきたが、そのときの便利屋の顔が頭から離れなかった。
あんな悲しそうな顔をさせたい訳じゃない。
ただ、もう少し。
あともう少しで終わる。


「あいつを殺せばもう、辞めれる」


そうしたら、『ウォリック』の所に帰ろう。


「あいつって誰のことだい?」
「ッ!!」


午前中なのに薄暗い裏通りを一人で歩いていたはずなのに聞こえてきた声に驚き、振り返る。
腕を組み、壁にもたれかかるように立っていたのは見事なスーツに身を包み、眼鏡をかけた男。
年は知っている限りでは40は超えているはず。
彼はここ最近この街に出来た男娼館のオーナーで名前は…


「リ、リビドーさん…」
「ん?どうしたんだい?今日は酷く乱れた格好だね」
「い、いえ…昨日の客が少し…」
「そうか、あまり無理は良くない。さあ、車に」
「…はい」


リビドーは少し先に待たせていた車に乗り込み、運転手へ出るよう伝えた。
行き先はいつもと変わらない。
この人の屋敷の奥の部屋。
車の中は終始無言で、そして品の良い花の香り。


「さっきの、殺すって言うのはどういうことかな?」
「…昨日の客がムカついて…」


部屋に着くなりリビドーはジャケットを脱ぎ、ネクタイを外してベッドへと誘導する。
さらさらのシルクのシーツに体を倒され、その上に覆い被さられる。


「それで殺す…か、災難だったようだね」
「思い切り蹴り飛ばしてやったので…」
「だが、この痕はいただけないな」
「…ッぁ!」


話の最中に上に来ていた服を脱がされ、体中へ付けられた痕を付け直すかのように吸い付く。


「ベニー、ベニー、君は私のものだ」
「んん、ぁッ…ん」


リビドーは母だった人が昔愛した人の中の一人。
便利屋に出会う前に最後に愛した男だった。
そして母だった人を激薬の運び役に使い、警察に母だった人を殺す様に仕向けた男。
警察が、便利屋を使って始末させることを分かった上で自分だけ逃げた男。
そして、今自分が一番殺したいほど憎い男。
だが、まだ証拠がない。
この男の言葉で『情報』を得なければ殺せない。
それまではこの男のお気に入りでいなければ。


「君は本当に美しい。幼い頃から本当に」
「あ、ンっ!あ…ッ」
「…、この傷跡はなんだい」
「ひゃ、ッあ!こ、れは…んぐっ」


ぐちゅぐちゅと性器を上下に扱われながら右肩の傷痕に舌が這う。
完全に治りきっていない傷口を舌でぐりぐりと刺激されればそこからは痛みと血液が溢れる。


「ああ、血が出てしまったね…だが、君も赤が良く似合うようだ」
「痛ッ!う゛あッ…んぐ、ぁ」


少し長い爪で肌を思い切り掻かれる。
爪が通った跡は赤い血が滲み、それを舐めとられる。
徐々に蜜でどろどろになった穴へと手が伸び、中へと挿入される。


「ふ、んんッ!あ、あぅ」
「もうぐちゃぐちゃじゃないか、あの女と同じ淫乱だな」
「…ッ!ん、んぁ、あンッ」
「あの女も、よく啼いたなぁ…君のがイイ声だがね」


そう言って中に挿入する指の数を増やし、前立腺を刺激する。
シーツをギュッと握りしめながらそれに耐え、次に来るであろう刺激に備える。
しかしいつまで経ってもその刺激は襲って来ず、リビドーはズボンのポケットからあるものを取り出した。


「…ッ、それは?」
「気持ち良くなる薬さ、知らないか?クールというんだよ」
「クール?」
「ふふ、気持ちよくなって熱くなるはずの薬の名前がクールだなんて笑えるだろう」


袋から取り出されたクールという薬は言葉通り冷たい青色をした錠剤。
麻薬のような依存性が強く、出回っているものの中で最も媚薬効果が高いと言われ一時市場を騒がせたもの。
この情報屋が知らないわけがないだろうと内心思いながら知らないふりをする。


「本当に気持ちいい?」
「勿論」
「……そう、ねぇ、『僕』にも頂戴?」


薬の粒を持つリビドーの手を舐めあげて誘う。
股間を膝で刺激してやればぴくりと反応を示し、リビドーは薬を口に含んでからベルトを外し、雄を当てがおうとする。
雄をどろどろにほぐされた穴にゆっくりと挿入し、口移しで薬を飲ませようとした。
もう少し、もう少しでこいつは言う。
母だった人に実験段階だったこの薬を売らせ、最後にはこの薬を飲ませて錯乱状態にまで追い込んだことを。


「んッ……?」


口の中へ舌と共に薬が入ってくるはずだった。
だがリビドーの唇は合わさることなく、そのまま顔の横のシーツに埋もれ、全体重が身体に重くのしかかった。
リビドーの背中へ手をやればヌルッとした液体がまとわりつく。
身体を起こして良く見てみれば背中に銃痕。


「…『ウォリック』…?な、んで」


前方を見れば銃を片手に持ち、鋭い目でこちらを見るウォリック。
後ろには刀を持ったニコラスが立っていた。
自分が『情報』を得てから殺すはずだった男を、『情報』を得る前に殺されてしまった。
しかも殺したら戻ろうとしていた元の人に。
どうしようもない焦燥と憤怒が溢れだしてぐちゃぐちゃなる。
自分が裸で、下半身がどろどろになっているのにも構わずに上体を起こして罵った。


「なんで殺した!!まだこいつから情報を喰ってない!!!」
「…リビドー・オルウェイ。45歳、男娼館レイブンオーナー。毒素性の強いクール作成者にして提供者。美少年好きの超変態」
「……ッ、」
「そして『ベネット』の母親を利用し薬を撒き、薬漬けにして警察が俺らに殺しの依頼をするように仕向けた張本人」


さらりとリビドーの情報を言ってのけたウォリックの目は冷たい。
そんな冷たい瞳に体が強張った気がした。
自分はリビドーの情報を便利屋には売っていないのに何故知っている?
困惑と怒りと解放感が入り混じった感情を押し殺しながらウォリックを見る。


「なんでそこまで知っている。俺はあんたにその情報は売ってない」
「俺らも頑張ったんだっつーこと」


ウォリックもニコラスも部屋に入り、ベッドの傍まで来る。
どうやら屋敷の人間は始末したらしく、服には返り血が点々としていた。
ニコラスはベッドに土足のまま上がり、死んだリビドーの体を蹴り飛ばして床にやる。
床に散らばっていた衣服を拾い上げ投げつけられて着ろと手話で伝えられる。


「俺が、俺が殺すはずだったのに…俺が」
「『ベネット』、家に帰ろーぜ?」
「なんであんたが殺すんだ!なんで!」
「……仕事だ」
「ッ!」
「リビドーを消して10年越しの仕事が終わった。だからもうこんなことしなくていい」


復讐はもう終わっただろ、と抱きしめられた。
そこまで知っていたのかと声を失ったが、それを知っていたからこそ無理にリビドーへ接触させないよう家に呼んだのか。
母だった人のように薬を盛られてしまうことが想定されたし、いざ仕事となったら自分がいれば邪魔だろう。
だがそれも自分に殺しの現場を見せたくないウォリックの優しさだ。
始末を頼む時はいつも決まって泣きそうな顔をして今みたいに抱きしめる。
鼻を擦るシャツから薫る安っぽい煙草と香水の香りが涙腺を刺激して涙が零れた。
ゆっくりと腕を背中に回して縋るように泣きついた。


「憎まれるのは俺だけでいい」


その言葉を聞こえ無かったふりをして泣いた。
それはきっと、母だった人を殺したのはウォリックだから恨んでいると思っているのだろう。
苦しみから2度も解放してくれた人を憎めるはずがないのに、分かったとは言えない。
リビドーが憎くてたまらなかったのは母だった人を利用して家族を崩壊させ、のうのうと生きていたから。
母だった人が死んだことは悲しいことだが、死んだことで安心したのだ。
むしろ憎むどころか感謝をしたい。
ウォリックとニコラスは温かい家族というのを自分にくれたのだから。




(もう、この人と居られるならどうでもいい)
(もう、こいつを離したりはしない)

僕らは異常者?










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