今日は制服のまま行ったバイト先で何故か鯨のキーホルダーをもらった。
店長から水族館のお土産らしい。
キーホルダーをぶらぶらさせながら帰宅の途に着くと、扉の鍵を開ける。
「ただいま…」
誰も居ない真っ暗な部屋に、わざわざ声を掛けてから入る。
特に何も入っていない学生鞄をソファーに投げ捨ててからキッチンへ向かう。
電気も付けずに冷蔵庫から水の入ったボトルを取出してそれを飲む。
乾いた口を潤わせて、次は風呂に入る。
「あ、また痩せたかも」
体重計に乗れば先日量ったものより1kg減っていて、食べてるはずなのにと悪態をつく。
汗でしっとりしていた髪を念入りに洗い、体もよく泡立てたスポンジで洗う。
季節は夏だし、暑いからとシャワーだけで済ませると、浴室から出たときの気温差で少し涼しい。
「今日は疲れたなー」
家の近くの小さな雑貨屋で働く僕は、セール中に来る多くの客対応に疲れていた。
「パジャマ、パジャマ…」
朝脱ぎっぱなしにしてあった、お気に入りのビックTシャツとショートパンツ。
ビックTシャツは本当に大きくて膝丈まであるくらい大きい。
少しグロッキーな白熊のイラストが妙に可愛らしい。
ワンピースちっくなそのTシャツとショーパンを履き、スマホを持ってベランダに続く窓を開ける。
「あー、夏だけどやっぱ外は涼しい」
今日は窓を開けて寝ても寝苦しくないかもなと考えながらベランダに身を預ける。
「あれ、今日は三日月なんだ」
空を見上げれば、暗闇を照らす月が三日月になっていた。
(三日月って満月より好きだなぁ)
でも、なんだか笑ってるみたいに見える。
というか空が笑ってる。
「写メ撮れるかな…?」
少し身を乗り出してスマホのカメラアプリを起動する。
なかなか暗い所は撮り辛く、何度か撮り直しをする。
「え、鳥?」
ふと視線を空から近くの家の屋根に移すと、1羽の鳥がこちらを見ているかのように停まっていた。
「うわぁ、綺麗な鳥だぁ」
夜なのに綺麗な青が見える。
今日はなんだか綺麗なものばかり見てるなあ、と鳥にカメラを向けると鳥は行き成り上空に飛ぶ。
光っているかのように見えるその鳥に合わせて体とカメラを動かすと、足が浮く感じがした。
「あ、れ?」
ぐるん、と視界が一変して空が見えなくなり、代わりに地面が見える。
ぎゅっと目を閉じ、落ちていることを感じて衝撃を待ったが、いつまで立ってもその衝撃は来ない。
鼻に消毒液と海の匂いがして、目を恐る恐る開けると、木目調の天井があった。
ゆっくりと体を起こせば、扉の近くに金色の髪を揺らめかせて胸に大きな刺青の入った人が居て、マルコだと認識する。
「…起きたかよい」
「…マ、ルコさん」
「お、おい。どうしたよい!」
「え?」
マルコは慌てた様子で机の上にあったタオルを取って僕の顔を拭く。
「何泣いてんだよい。変な夢でも見たのかよい?」
眉を下げ、心配そうな顔をして僕を覗き込むマルコ。
どうやら僕は泣いていたらしい。
だが、さっきのが夢だとは思えない。
だって本当に今日、そうやって過ごしてきたんだから。
あれが夢でないとするのであれば、これは…
「…僕、違う世界から来たみたいです」
(僕、ベランダから落ちました)
(…どういうことだよい)
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