■願いを胸に(チャリド)

リッドに投げかけた言葉を、後悔している訳ではない。
厳しい物言いになったのは確かだが
記憶を失くしたファラに対するリッドの態度、対応はどう考えても褒められたものではなかった。

だが、だからこそ余りにも常軌を逸していたその行動に疑念が浮かぶのは当然だった。
自分が普段見知っているリッドと、かけ離れた姿。
共に世界を救う為に旅をした彼は、あの様な人物だったのだろうか?
その点がどうしても気になって、チャットは時間を置いて、改めてリッドの部屋を訪れた。


「リッドさん、少しよろしいですか?」

木製のドアを軽く叩き、なるべく落ち着いて、冷静さを心がけて声を掛ける。
だが返答はない。
怖いくらいに静まり返った空間に、チャットの胸中になんとも言えない感覚が広がる。
決して良い予感とは呼べない、それを抱え
入りますよ?とそっと声を掛けて、ゆっくりと扉を開く。そして室内の様子に衝撃を受けた。
到る所に破壊された家具が散乱し、窓ガラスが割れ、はためくカーテンは滅茶苦茶に引き裂かれ
そんな我が目を疑う光景に不釣合いなほど幻想的に舞う羽は、恐らくクッションの中身だろう。
ボロボロになったそれが、部屋の隅に見受けられた。
そしてこの惨状の中で、床に座り込み、ベッドに背を預けるリッドの姿。
表情は虚ろで、晴天の空を映したような瞳に力はなく、澱んでいる。
身体のあちこちに自分で自分を傷付けた痕が見受けられ、チャットはハッとしてリッドに駆け寄ろうとした。

「リッドさん、貴方一体何を・・!?」
しかし、チャットの姿を認めたリッドは、恐怖に顔を歪め、小さく悲鳴を上げると
「来る、な・・来な、いで・・」と枯れそうな声で呟きながら、自分の身を守るかの様に怯え、後ずさる。
どう考えても、健全な反応ではない。チャットの疑念が確信に変わるには十分すぎる光景。
身を震わせ、虚空に視線を投げかけるリッドは、ぶつぶつと何か言葉を発している。
警戒させてはならないと距離を取りつつ、チャットは懸命にその言葉に耳を傾けた。

「取らないで、持って行かないで、奪わないで・・オレ、は、このままが良いんだ、失くしたくない。もう失いたくない。
 だから・・」

そのままゆらりとリッドが立ち上がる。
チャットは呼吸を忘れてその姿に視線を釘付けた。

「だから、無くなるなら、最初から欲しくないんだ、いらないんだ。持っていなきゃいいんだ」

リッドが壊れた椅子を持ち上げ、乱暴に振り下ろすと、棚の上のランプが激しい音を立てて割れた。
その衝撃で壁に飾られている額縁がごとりと床へ墜落する。
それは嘗て、旅の途中でこの家へ寄った時、他ならぬリッドが教えてくれた、リッドの、両親たちの----

「ダメですっ止めて下さい!!」
チャットは叫ぶと、リッドの背中にしがみ付き、動きを封じようともがく。
だが、この体格差で完全に押さえ込むには限界がある。
仲間を傷付けたくない、だけど、きっとこれは大切なものだ、傷付かせてはならないものだ
きっと、これが壊れてしまったら、もっと

すみませんっ、チャットはそう小さく謝ると、自身のバッグから戦闘の際に使用するワイヤーを取り出し、リッドの身体を拘束する。
そしてワイヤーを掴んだまま素早く2、3歩後退すると、同じく戦闘で使用するパラライボールを投げつけた。
後頭部に直撃したそれは、リッドの意識を奪い、小さな呻き声と共にその身体は膝から崩れ落ちる。
身体が床に倒れ伏す直前にワイヤーを回収し、チャットは今まで詰めていた息を何度も荒く吐いた。
マヒの効果により、暫くは目覚めないだろう。
呼吸を整えたチャットは、そっとリッドの元へ歩み寄る。
その痛ましい表情に、チャットも泣きそうな気持ちになった。
ただただ静かに、リッドの頬を涙が伝っていく。

どうして、こんなことになってしまったのだろう。
チャットは、そんなことを考えずには居られなかった。
あれだけの苦しい思いをして、辛い経験をして、やっと旅を乗り越え、世界を救ったと言うのに、この仕打ちはなんだろうか。
リッドの涙を拭う様に、そっと頬に手を触れる。
その時、自分の手が震えていることにチャットは気が付いた。
どうしようもない哀しみと、悔しさで。

自分は、一体何を見ていたのだろうか
短所も色々とあるが、優しさと強さを併せ持った人、自分はリッドのことをそう思っていた
その認識自体は、間違っていないだろう
だがそれは、物事の一面でしかなかった
本当はこんなにも、こんなにも弱さを抱えた人だったのだ
全ての要素が危ういバランスの上で成り立っていて、一部でも、一度でもそれが欠ければ、全てが崩れてしまう
彼の内なる傷は、決して塞がってなど居なかったのだ
ただ、見えないようにしていただけ
もしかしたら彼自身も、見ないようにしていただけなのかもしれない

だからこそ、尚のこと、その傷に気付かず、弱さに気付こうともせず
彼の優しさや強さに、寄りかかっていた自分が悔しかった
心の中が哀しみや怒りや悔しさでぐちゃぐちゃになって、それが涙となってが溢れてくるのを、チャットは止めることが出来なかった

「ごめんなさい・・」
ぽつりと、言葉が漏れた
最早何に対しての謝罪なのかすら定かでない、だがそう言わずには居られなかった
傷付いたリッドの手、指先に掌を重ねる

誰よりも、ヒトを守る力を持ちながら
誰よりも、守られたかったヒト

チャットは唇を噛み締めると、ごしごしと乱暴に自身の涙を拭った
まだ、諦めたくない
自分は、彼の弱さに触れたのだ、それを知ったのだ
例え他の誰が知らなくても、自分はもう知ったのだ
そして、そんな彼を守りたいと、心から救いたいと思うのだ
だから

「ボクは・・由緒正しきアイフリードの子孫、海賊です。ボクに盗めないモノはないし、攫えないヒトは居ません。そして、アイフリードは義賊です。弱きを護り、強きを挫く。ボクは・・、ボクは必ず、貴方を、貴方の心を救ってみせる、護ってみせます」

そうしてチャットは力強く立ち上がった。
部屋を見渡し、救急箱のある棚を見つけ、そちらのエリアは比較的無事だったので、少し胸を撫で下ろした。
割れた窓ガラスから吹き込む風が、チャットの短い金髪を揺らす。

「まずはリッドさんの手当てからですね、それからベッドを整えて、どうにかリッドさんを休ませて・・
 どうやって運び上げましょう、それが問題ですね・・この部屋を片付けて・・これからの事はその後に考えましょう」





--オワリオワリッド--
諸事情により再掲載。時間軸はドラマCD『迷宮』の、記憶を無くしたファラをリッドが無理矢理レグルスの丘に連れて行った後。
此処に描いたことが全ての始まりであり、そして終着点でもあります(表現したかった想い、という意味で)

決して自分が、正しいことだけを言っているとは思ってません。
見たい様にしか物事を見ていないのは確かですが、それでもと思ってしまうから、今此処でこうしているのでしょうね。
元々無題だったので、タイトル考えるのに苦労しました。
本意は『望む結末は未だ訪れず、訪れるべくもない。この屈折した願いを胸に、焦がれ続ける』だったりします。

prev back next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -