■ごめんなさい(ルビリド)
ある、とても良く晴れた暑い日のことだった。
あたしはアンジュに頼まれてリッドを探していた。
艦内のあちこちを回ったけどどこにも居なくて、あとは甲板くらい、でもこんな暑い日にって思ってたら、なんのおかしなこともないかのように、ごく自然にそこに居たからあたしは脱力しそうになった。
でも当の本人は眠っていたから、そんなあたしの心労なんて知りもしない。
せめて日陰で寝ればいいのに。それとも寝てる内に日向になっちゃったのかしら?
とにかく早く起こさないと、そう思って近付いたら、リッドがただ眠ってる訳じゃないって気が付いた。
魘されてる。すごく苦しそう。
あたしは一瞬、次の行動を躊躇った。
ぴたりと身体の動きが止まってしまって、頭も心も動いているのに、何も出来なくなってしまった。
そしたら、リッドの固く結ばれた口から呻きと一緒に言葉が絞り出されて、それはとてもとても小さな声だったのに、風の音にも波音にも、動いているはずのバンエルティア号のエンジン音にも掻き消されずに、はっきりとあたしの耳に届いた。


「行っちゃ駄目だ・・・父さん・・・・・・黒い、お化けが・・・」

息を、呑んだ
だって解ってしまったから
どうしてリッドがあんなにも、お化けを怖がっていたのかが

「オレ・・・オレの所為なんだ、父さん・・・・・・」

とうさん、と零れていく哀しい懺悔に、あたしはハッとしてリッドを揺り起こした。

「リッド!リッド起きて!!」

あたしの大きな叫び声に反応して、ゆっくりと開かれていくリッドの瞼と、その動きに合わせて頬を伝っていく、涙

「ん・・・あれ・・・・・・あぁ、そっか、夢か・・・」

リッドはハハと乾いた笑いを漏らし少し俯いたけど、すぐ立ち上がった。
涙を拭うとか隠すなんてことはしない。
まるで、そんなものは最初から存在していないかのように・・・
ただ、あたしに目を合わせてくれることもなくて、サッと背中を向けられてしまった。

「悪ぃな、何か用か?あ、そういやアンジュに頼まれてたことがあったんだっけ」

身体の硬直を解すように伸びをしながら呼びに来たあたしにお礼を言う声が、震えを帯びていることに気付いているの?

「待って、リッド・・・きゃっ」

それじゃ、とアンジュの所へ向かおうとするリッドをあたしは呼び止めようとして、足をもつれさせ転んでしまった。

「おいおい、大丈夫か?」

顔面から突っ込んだあたしに、リッドが膝をついて手を差し出してくれる。
向けられたその顔に、涙の痕は無い

「う、ん・・・ありがとう・・・それより、ねぇ、リッド」
「ん?」
「もしかして・・・その、リッドがお化けが嫌いな理由って・・・・・・」

言い淀んだあたしはリッドと目を合わせていられなくなって、視線を落とし行き場のない想いに耐え切れずぎゅっとリッドの手を両手で握った。
ほんの少しの沈黙の合間に風が吹き抜けて、さざ波の音がやけに耳に残って
リッドがフッと笑った気配がしたから、あたしはそっと、もう一度顔を上げた。

「----------っ」

その顔に浮かべられていた笑みに、あたしは呼吸が出来なくなりそうなくらい胸が苦しくなった。

なんて、笑い方をするの
なんで、そんな風に笑ってしまうの

辛いなら辛いって、ちゃんとそう言えば良いのに、笑わなくていいのに
笑ってるのに、見てるこっちが哀しくなる
そのまま何も言わずそっとあたしを立ち上がらせると、リッドは手を離して居なくなった。
追いかけ、られなかった。
足に、上手く力が入らない。ここに立っているだけで精一杯
ツキンツキンと痛む胸に押し当てるように握った手を、握る力をどんどん強くして、爪が掌に食い込んで、でも胸の痛みは全然誤魔化せなかった。

どのくらいそうしていたのだろう。
照りつける甲板の上、降り注ぐ太陽の光に晒され続け、あたしの頭は思考を失っていた。
ぼんやりと視界が霞み、今までの全てが蜃気楼だったように感じられて、意識する前にあたしはふらふらと艦内に戻っていった。

あれからどれくらいの時間が経ったのかわからないから、リッドが廊下で人の輪の中に居ても、それをおかしいとは思わなかった。
そこにはカイウスも居た。
盛り上がっていて、リッドとカイウスが逃げようとして、阻止されていて、「十物語」とか「怪談」って言葉が聞こえてきた時、それがいつもの"怖い話"をする時の流れだってわかった。

「ダメッ!!!」

気が付いたらあたしは叫んでた。
みんながびっくりしてこっちを見てる。
叫んだ所為でまたふらふらとして、あたしはその場にしゃがみこんでしまった。

「ルビア、どうしたんだよ」

大丈夫か?とカイウスが駆け寄って来てくれる。
もしかしたらカイウスも、そうなのかな。だとしたら、あたしは・・・

「ダメ・・・ダメなの・・・・・・」
「ダメって、何がだ?」

その先は言葉に出来なかった。
なんて、言ったらいいのかわからない。
あたしは、とにかくダメなのだと口にして、ふるふると首を横に振る内に、泣き出していた。
カイウスがますますぎょっとする。

「なんだよ、また腹でも壊したのか?それとも頭でも痛いのか?」
「違う・・・違うの、ごめんなさい・・・」

理由も言わずごめんなさいごめんなさいと、ボロボロ泣き続けるあたしにみんな困惑してるみたいだった。

「ごめんなさい・・・・・・カイウスも、ごめん、もう、しないから・・・」
「わかったから、一回部屋に戻ろうぜ」

らしくないぜ、と言いながらも手を引いてくれるカイウスに連れられながら、あたしは少しだけ後ろを振り返って、また泣いた

気にしなくて、いいのにと、その顔がまたあの笑みを、作っていたから
あなたが辛いって言わないことが、あたしはつらかった



ごめんなさい
(あたし、なにもできない)


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