■初詣(忍者組×リッド)


新年の門出、この素晴らしき良き日を祝うが如く空は澄み渡っています。

「な、なぁ・・ホントにこの格好が、"しきたりにのっとったゆいしょただしいはつもうでのよそおい"なのか?」

すっげー歩きにくいんだけど・・と零しながら私たちの後ろを歩くこの人も、以前冬の空の澄んだ美しさについて言及されていました。

「大丈夫、アンタばっちし似合ってるからさ」

薄紫の着物を身につけたしいなさんが振り返りながらウィンクし親指をグッと立てました。あわせて金のかんざしが揺れ動きます。
私たちは家柄故慣れたものですが、リッドさんは着慣れない和服に戸惑われているようです。
普段から比較的軽装を好まれているだけでなく、仕立て上げられたそれが性別にそぐわないものなのも、動き辛さを助長しているのではないでしょうか。
濃と薄の桃の布地に白模様の入った着物はリッドさんの赤い髪を引き立ててとてもお似合いかと思いますが、わざわざ女物を用意したしいなさんの意図がまだ掴めません。
リッドさんも微妙に納得がいっていない様子で、首元の白いファー---流行を取り入れるのも伝統を継承していくに当たって重要な事だそうです---を所在無さげに触っています。
因みに私は赤の着物を着用しています。

参拝先の社に続く石段を登りきり、鳥居をくぐって神殿の前へ赴きます。リッドさんはやはり慣れない履物のため、やっとの思いで到着といった様相です。
実際は様々に参拝の作法があるのですが、今日はリッドさんに我々一族の風習にお付き合い頂いているので、細かい事は言いっこなし、だそうです。

「えーっと、それでどうしたらいいんだ?」
「手を合わせて、今年の抱負とか、神様にお願い事をしたりするんだよ」
「そっか、じゃあ美味いもんが腹一杯食えて、平和に過ごせますよーにっと」
「はは、アンタらしい願い事だね」

拝礼を済ませた後はおみくじを引いたり、振舞われた甘酒に舌鼓を打ちました。
少し目を離した隙にリッドさんが数名の男性に声を掛けられていましたが、速やかに私としいなさんで撃退しました。
一般人に対し苦無や護符を使用する訳にはいきませんので破魔矢で代用しました。
当然使用法としては正しくありませんが、所詮社務所で販売されている玩具に過ぎません。また多少の犠牲は仕方がないとしいなさんも仰っておられました。

寺社に納められた昨年のお守りや関係の品が清めの炎で焼かれている様を身体を温める焚き火の代わりにしながら眺めていると、向こうに人だかりが出来、歓声が沸きました。

「おっ始まったみたいだね」
「一体何だ?」
「餅つきだよ」
「モチ?」

伝統的な食べ物の一つであることを説明すれば、すぐさまリッドさんの目が輝きました。流石です。
つきたての餅を使用した雑煮や磯部などが振舞われ、私たちもお相伴に預かりました。
私が並んだ安倍川餅の列は人気だったのか他より長く、お二方の元への合流が少し遅れてしまいました。
両手をほんのりと温めるお椀型の発砲トレーから視線を上げると、既にリッドさんは雑煮に箸を付けておられ、しいなさんは少し離れた所で社の方に新年の挨拶をされていました。
初めての餅の触感や味わいをリッドさんが気に入って下さったのは少し離れたここからも見て取れました。とてもいい笑顔をされています。
しかしそれはなによりなのですが、そんなに速いペースで食されると・・・

「ぐっ・・んぐっ・・っ!!!!」

呻き声と共に顔を青くしたリッドさんの震えた手からトレーが離れます。雑煮の残りが砂利の上に音を立ててひっくり返りました。
時に餅は高齢者を中心に、喉に詰まって死すら招いてしまう大変危険な食べ物でもあります。リッドさんも勢い余って餅を喉に詰まらせてしまったようです。
抜かりました。説明不足・・不覚です。
膝をついて苦しそうに胸元を叩くリッドさんに気付いたしいなさんが私同様に駆け寄ろうとしたその時

「ちょっと失礼しますよ」

気配無く私たちとリッドさんの間にある人物が姿を現しました。
結わえられた黒髪が僅かに揺れ、小さな鈴の音がリンと響きます。
白い手がリッドさんの顎を軽く持ち上げ、その拍子にリッドさんの目尻に溜まった生理的な涙が頬を伝いました。
そのまま唇は重ねられ、リッドさんは更に苦しげな表情を浮かべ思わず目をぎゅっとつぶられましたが、その人物はお構いなく角度を変え、その唇が離れされるまでは一瞬の出来事でした。
呼吸が可能になったリッドさんはゲホゲホと咳き込みながらもすぐさま本能に従って酸素を取り込みます。
一応どんな手段であれ危険を回避したという意味では功労者と呼べなくも無いその人は、リッドさんの喉から取り除かれたであろう餅を租借し飲み込むと、何事も無かったかのように平然と立ち上がり、「では、僕はこれで」と踵を返しました。
そしてふと足を止め

「ああ、その格好とてもお似合いだと思いますよ。今年もよろしくお願いしますね」

忍は感情を表に出さないものです。
ですが笑顔は常に貼り付ければ、感情を示さないのと同等の効果をもたらします。
そんな本意を読ませぬ笑みを浮かべて一言挨拶を残すと、その方はスタスタとこの場を後にされました。

「分家の顔見知りとはいえ、あたしゃアイツの事が未だによくわかんないよ・・」
「同感です」

かの人は私たち藤林家・・・忍の一族の末裔の、分家におられるジェイさんという人です。あの方も初詣に参られていたのでしょうか。
呆然としゃがみ込まれたままのリッドさんは、未だ自分の身に何が起きたか理解に至られていないようです。
ジェイさんとは本家を通じて何度もお会いされている筈ですが・・いえ、だからこそかもしれませんね。

幸いにも今の一件を見咎められていないようです。あくまで人工呼吸に次ぐ救命活動の一助と受け取ってもらえた可能性は恐らく高いと・・思われます。
もしかしたら普通に男女のそれに見えただけかもしれません。
しいなさんはこれを見越してリッドさんに性別の違ったお召し物をご用意されたのでしょうか。
だとしたらそれは素晴らしい英知、先見の明だと思います。すずもまだまだ修行が必要です。


(お遊びの結果の偶然だよ・・byしいな)

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