アナタノオト | ナノ



06






「ただいまー」


通いなれた通学路。


自宅より一軒手前の家にはいる。


返事は聞こえないものの、人のいる気配はある。



手洗いうがいをし、二階の自室もどきへ入る。




ベッドとクローゼット、机、本棚、譜面台

そしてアップライトピアノがそれぞれ一つずつ。



女子高生の部屋にしては極めてシンプルな部屋。


この月森家における飛鳥の部屋だ。




元々、客間だったところを

飛鳥がよく泊まるので、専用になってしまったのだ。



入り口付近に鞄をすておき、

制服がシワになるのも気にせず、ベッドへとダイブする。





「疲れた、、」


声に出してみたものの

ため息と一緒にでた声はひどくかすれて響かない。



動かない体をベッドに沈めたまま

今日あったことを整理する。



















トランペットの先輩が去った少しあと。



まだ、屋上に残っていると、突然後ろから声をかけられた。




フルネームで呼ばれたもんだから、誰かと思い、振り替えると

金澤先生やクラスメイトたちがいっていた

“フェータ”とよばれる妖精のリリだった。




くるりと丸まった金色の髪に、手のひらサイズの全長、白い羽根と杖のような棒。



まさか現実世界であんな絵にかいたような”妖精”を目にできるなんて。


驚いて声の出ない私にリリは、自分の経緯について説明しだした。








”音楽はしあわせの源”だとリリは言った。






普通科の私や日野さんがでることによって

より多くの人に音楽を、音を楽しんでもらえる、とも言った。






コンクールは、点数で競うものではなくて

より多くの人が音楽に触れるための場所だと、も。




理不尽な…と思うとともに、

リリの考えに賛同する自分がいる。







コンコンッ


軽いノックと共に静かにドアが開く。


数回足音が聞こえたあと、

今、伏せているベットがギシっと鳴る。





「飛鳥」


頭を撫でる手付きが妙に優しい。




「ただいま」


「おかえり」


学校じゃきっとこんなにやさしく笑ってないんだろうな。





「ねぇ、蓮。ヴァイオリン持ってきて」



枕に顔をうずめたままそういうと、
察してくれたのか、
わかった、と一度自室へ戻り愛器を持ってくる。



その間に自分用のヴァイオリンをセットする。







二人で向かい合うようにたち、

備え付けのアップライトでAの音を合わせる。


低く、

高く、

響くA。




「なにをやるんだ?」







「……Zwillinge」






「……………」


感触を確かめていた月森が

指を止めて飛鳥を凝視する。





「ちょっと確認したいことがあって、、。」



へらっと笑う飛鳥はどこかさみしそうで。




「じゃぁ、行くよ。
 3……2……1………」



カウントと共に大きく響くAとEの和音。



激しい川の流れに逆らうように、

二人の音が激しくぶつかる。


突然静かなソロに切り替わると、

美しく、泣くような音が部屋に響く。



交互に、交互に、

少しずつ音が変化しながらソロが入れ替わる。





緩急の激しい【Zwillinge】



タイトルの意味は双子。



二人で中学にあがる頃に作った曲。


オリジナルの楽譜には最低限の旋律しか書かれていない。


合わせるそのたびごとに、脚色を繰り返して

進化を続ける【双子】








美しい中盤を終え、

フィナーレへと加速していく。



次第に速くなる指使い。


急かされるように最後の音が切れる。




弓をもった腕を二人が同時に下ろす。











「なにかあったのか」



音をきけば分かる。


飛鳥になにかあったことぐらい。







蓮、と静かに俺の名を呼ぶ。






「私、学内コンクールでることにした」












(音楽は楽しめばいい、とだけいってくれた
 彼のことばを信じてみたくて)

(どこか吹っ切れたようなその顔に
 不確かな安心と不安を覚えた)




13.05.29 改