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 ちょっぴり悩んで、ハンバーガーとオレンジジュースを選ぶと、秀一さんがウエイトレスさんをさっと目で呼んで、みんなの分をまとめて注文してくれた。

「なつかしーな、それ」

 テーブルに両肘をつき、わたしと哀さんのキッズメニューと箱を覗き込んで、工藤さんが頬を緩めてそう言った。

「こっちのファミレスって、結構何処もくれるんだよな」
「お国柄かしらね。あの子たちやあなたなんかはこんなので大人しくならなそうだけれど」
「あー、まあ、母さんの方が喜んでたなあ。オレはちょっとシュミじゃなかったっつーか」
「ボウヤには簡単すぎただろうな」
「それ言ったら赤井さんなんてもっとじゃないですか?」
「貰うような時分に来た覚えはないからな」
「覚えがないだけじゃない? ま、どちらにせよ推理オタク向けではないわね」

 ははは、と微妙な笑みを零して、工藤さんはなんだか誤魔化すように哀さんの目の前の箱をひょいと手に取って開け、中身をわたしに見せてくれた。
 少し平べったくて長いその箱から出てきたのは、カラフルな細い棒だ。色えんぴつ、じゃなくてクレヨン?

「そのメニュー、塗り絵とクイズになってんだよ」
「ぬりえ」

 なるほど、真っ白な紙に線画のスミ刷りだったのは別にコスト削減のためではなかったらしい。ごはんが来るまで退屈しないようにとのサービスだったようだ。
 なつかしい、ということは、工藤さんはこちらで育ったのか。英語がぺらぺらなわけである。
 せっかくだからやってみようかなと自分のぶんの箱を手に取り、工藤さんのように差し込みに指を突っ込んで引っ張ろうとしたものの上手くいかない。もぞもぞと奮闘していたら、見兼ねた秀一さんがさっと手を伸ばしてきていとも簡単に開けてしまった。しかも箱のお尻を持って逆さにして、取り出しやすいように先の方を出してくれた。

「ありがと、です」

 三本入っていたのでお礼に一本どう? と差し出してみたけれど、ぴらりと手を振って普通に断られてしまった。そりゃそうか。煙草ならまだしも、クレヨンではフーフー吹けもしない。ファンファーレはSEでお願いします。

「したことないならやってみたら? いい経験になるわよ」

 悪戯げな笑みを浮かべた哀さんが、自分のぶんの紙をすっと秀一さんの方へ移動させる。

「心遣いには痛み入るが、俺には勿体無いな。辞退させて頂こう」

 秀一さんはしらっとした顔でさらりとそう言って、中指一つでちょんと触れると、紙をそのまま隣の工藤さんの前へと回してしまった。工藤さんもオレもいいですよなんて言っている。たらい回しにされているのを見るとちょっと可哀想になってくるなあ。

「あ……あの……」
「うん?」
「もらって、いい……?」
「いいわよ」
「ならこれも貰っとけよ、灰原が持ってるよりましだろ」

 紙だけでなくクレヨンまで貰ってしまった。ひと箱だけでも明らかに一枚で使い切る量じゃないんだけれども。

「ありすちゃん、塗り絵好きなの?」
「えっ、えと……すき……」

 今日から……。
 いや流石にちょうだいと言っといてそんな好きでもないけどとか言うのもはかば、はば……はばかられるじゃないですか先生。
 更には哀さんも工藤さんも微笑ましいものを見るように、というかまさにばりばりそうですってな具合の視線を送ってくるので、もはや撤回などできない。わたしはたった今から塗り絵大好きマンになった。目指せゴッドハンドありす。いつの日か原画担当。
 ひとまずもらったそれは脇に置き、自分のぶんのをまじまじ見てみると、紙自体は単なるコピー用紙のようで、やや薄めのそれに、表はメニューとキャラクターのイラスト、裏には迷路のようなものと、並べ替えクイズらしき英字とマス目があって、その回りを表にいたのと似たキャラクターが囲み、何かを喋っているらしいセリフが書かれていた。
 前にテレビで見たような独特な絵柄のキャラクターではあれど、どう見てもヒト型のイキモノだ。しかし箱に入っていたのは赤青緑。これでノーマルなヒューマンにするのは難しいんじゃなかろうか。鬼かナヴィかナメック星人にしかならない予感がひしひしとする。だってRGBだよ先生。
 しばしクレヨンを眺めてから、すっぱり諦めて肌は赤で塗ることにした。まあなんか人より多少血色がいいということにしておこう。
 クレヨンはペンより持ち手も先も太いので若干使いやすい気がする。しかも目安になる枠があるので、まっさらな白紙に頭から捻り出して書くより断然楽だ。ここからステップアップしていったほうが良いかもしれない。

「――あ、そういえば、明日ちょっと灰原頼んでいいですか」
「何かあるのか?」
「ちょっと本業で一件。ラディッシュ警部、知ってます?」
「NYPDの人間か」
「ええ、母の知り合いなんですけど、どうやらちょっと難しい事件があるみたいで、力を借りたいと頼まれまして」
「首突っ込んだのはあなたでしょ。本来のお目当てはナイトバロン夫妻よ」
「いやまあ、アハハ……、空港着くなりとっ捕まって今カンヅメなんです。それで代わりに」
「……まあ良いだろう。足は?」
「それは大丈夫です。迎えも行くんで、検証の間お願いします」

 わたしが髪の毛に苦戦している間に、秀一さんたちはなにやらぽこぽこと会話を交わしていった。えぬわいぴーでぃーが何かはよくわからないけれども、警部とか事件とかって、警察の話なんじゃなかろうか。それだと秀一さんの畑のような気がするけれど、別に持ち込んできたわけではないらしい。
 うーん、工藤さんは一体何者なんだ。


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