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 今度はなんていったのか、工藤さんは教えてくれず、哀さんもそれには一切触れなかった。
 気にはなるけれど、わざと口にしないものを根掘り葉掘って嫌な思いをさせたりしたりするはめになるのもなあと、そこは深く聞かないことにしておいて、哀さんに手を引かれ、時々店員さんや工藤さんに上のものを取ってもらったりしながら店の中をまわった。

「これ、どうかしら?」
「かわいい」
「これとこれならどっちがいいと思う?」
「ど、どっちも……」
「ありすちゃんならどっちを選ぶ?」
「え、えと……こっち……?」

 哀さんはそんな風にあれこれとわたしに見せては、色味や柄や、持ち心地、触り心地なんかを聞いていた。哀さんほどのおしゃれさんならわたしの意見なんてこれぽっちも参考にならなそうだけれど。うーん、まさか。
 ちょっぴりひやっとしながらもやりとりを繰り返した末、哀さんは最終的に残った商品を手に秀一さんを呼んで会計を済ますと、商品袋を渡してくる店員さんからの視線を、そのまま秀一さんへと投げた。

「私、手が空いてないから」

 ニコリと笑って、哀さんがアピールするように手を少し上にあげた。
 確かにその言葉通り、挙げた方の手はわたしの手と繋がっている。しかしもう一方はというと、バッグは肩に掛けられているし、特に使う予定もなく腰に当てられているようにしか見えない。

「きみは随分重要なオペレーションを担っているようだ」
「ええ、誰かさんほどじゃないけれど」
「そして実に慎み深い」
「でしょう。――そういうわけで、よろしく」
「了解」

 秀一さんは比較的軽い調子でそう返し、先生を持っていた方の腕に袋の紐を通して、これまたポケットに両手を突っ込んだ。

 青い雑貨屋さんを出ると、はじめのようにまた哀さんに付いて歩いて、先程のと似たようなお店や、あるいはややテイストの違うお店なんかを梯子して回った。どれもこれもおしゃれでセンスのいいお店ばかりだったけれど、途中から秀一さんは店の外で待っているようになってしまった。やっぱり雑貨にはあまり興味がないらしい。
 そうこうしているうちに気づけばお昼を過ぎていたようで、間抜けに鳴り響いたわたしの腹の音をチャイム代わりにお昼ごはんをとることになった。
 レストランまで先導したのは秀一さんである。それも哀さんが選ぶのだろうかと思ったけれど、土地勘がある人間が知っているところがいい、とのことだ。
 哀さんにそう言われ、ほんの少し考える素振りをしてからさっと歩を進めて秀一さんが向かった先は、直前までいた店からさほど遠くなく、ちょっとおしゃれなカフェのような外観と内装のレストランだった。子連れがぽろぽろといるあたりファミリー向けらしい。
 笑顔で出迎えてくれたウエイトレスのお姉さんは、わたしと哀さんを見て秀一さんに何かを問いかけ、秀一さんの返事を受けて頷くと、脇に積んであった、上部と側面の二面を切り取った四角い箱のようなものを秀一さんに渡し、ボックス席へと案内してくれた。
 秀一さんはそれをソファ席に置くと、そこにわたしを座らせた。底の方に厚みがあると思ったら、ブースターシートだったらしい。ちゃんとお尻に合わせた形になっている。そのまま座ったのではテーブルが高すぎて食べるのが難しそうなのでありがたい。
 このお店では、わたしのような、そしてもっと小さい子ども向けに、こういうシートやハイチェアを貸してくれるのだそうだ。
 なるほど、大人だけなら適当に入ってもいいかもしれないけれど、こういう面子では確かに現地の人に任せたほうが無難だろう。どこもこういうお店ばかりではないだろうし、もしかしたら子どもはご遠慮なんてお店もあるかもしれない。地下鉄然り、いままでそんなこと考えたこともなかった。
 哀さんはというと、シートもチェアもなしに、わたしの隣に普通に座った。少しテーブルが高くはあるものの、しゃんと背を伸ばして上品に座る姿は、そういう心配が一切要らないように見える。これも女子力というやつか……。
 向かいには秀一さん、その隣に工藤さん。
 椅子に腰掛けると、秀一さんは持ったままだった先生をひょいとわたしに向けてテーブルに乗せた。哀さんがかわいい、と言って手を伸ばしてもふもふと頭を撫でる。よかったですね、満更でもないんじゃないですか先生。

「××、×××。×××××××」

 再度やってきたウエイトレスのお姉さんは、わたしと哀さんにニコっと笑いかけると、それぞれに紙と何かの箱をくれた。
 紙にはなにやらポップなイラストと、幾つかの英文が印刷されている。一番上はさすがにわたしでも読める、KID'S MENUだ。でもその下に続く字が読めるかというと、まあその、お察し。

「メニューだ、分かるか」

 テーブルに置いてじっと見つめていたら、向かいに座った秀一さんが、そう声をかけてきた。丁度分からなかったところです。エスパーか。

「あ、あんまり……」
「スパゲッティウィズミートボール、ペパロニピザ、マックアンドチーズ、ハンバーガー、チキンフィンガー、フレンチフライ――」

 静かな声で、これまたポップな書体の印字を指差しながら、上から順に読み上げていってくれる。単なるメニューで子供向けのものだからとはいえ、反対側からなのが地味にすごい。
 さらには隣の哀さんがそれを引き継ぐようにして、下はドリンクとデザートよ、とそれぞれどんなものか教えてくれた。い、至れり尽くせり。


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