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 そろそろっと近寄ってみれば、秀一さんはすぐにわたしに気づいて見下ろしてきた。
 一体何を見ていたんだろうと気になったものの、その視線の先にあったのは秀一さんの頭ほどの高さの棚で、わたしが幾ら体を伸ばして首を曲げたところでちらりとも伺えない。

「……見たいのか?」

 そんなわたしの様子ですぐに思い至ったようで、秀一さんはそう問いかけてきた。頷くと、さっとしゃがみこんで片腕で抱き上げてくれる。
 そこにはタンブラーやタオル、料理の本なんかが並んでいた。キッチン雑貨のコーナーらしい。
 そういうところに興味があるとはちょっぴり意外だ。今のところ秀一さんが家で使っているのを見たことがある調理器具はどれもシンプルで、種類もそう多くない。本棚に料理の本なんかはなかったように思うし、タオルも無地のものか、明らかに貰い物らしいちょっとしたロゴの入ったものしかないのだ。
 木製の洒落た棚板の上では、タンブラーや本なんかの背の高いものが奥に、マグやタオルなんかの背の低いものが手前に置かれていて、一番手前の真ん中には、紙で出来ているらしい可愛らしい箱があった。サイズはわたしの掌に乗せても余るほどちいさく、水色やピンクといったパステルカラーで柄の入ったものや、ハッキリとした彩度の高い赤や黄一色に、金の箔押しで英字が印刷されているものなどがある。
 一体なんだろう、と首を傾げていたら、秀一さんが先生をわたしの腕に抱かせ、そのうちの一つをひょいと取って、箱の一辺を指でぐっと押し出した。
 引き出しのようにして出てきた紙箱の中には、見覚えのある小さな木の棒がぎっしりと詰まっていた。

「まっち」
「のようだな」

 短くそう言って、秀一さんは反対側の一辺を押して仕舞い、箱を元あった場所へと戻した。
 へーっと思わず感心してしまう。わたしの中でマッチといえば、朱色や辛子色で大正昭和時代のポスターみたいな柄のものか、スナックや居酒屋にあるような店名入りのちょっとダサい柄のもののイメージしかない。こんなおしゃれなものもあるのかと、物珍しい気持ちになる。世の中には愛燐家という人もいるらしいし、こういうのもコレクションしたい人がいるかもしれない。
 もしや秀一さんもこれが欲しかったんだろうか。
 秀一さんが持つにしては、ちょっとばっかり可愛すぎるデザイン……のような気もするけれど、単になくなりかけていたのかもしれない。この赤地に金のものなら、まだ普通のマッチっぽいかも、なんて考えつつ、箱の一つに手を伸ばし、秀一さんがやったようにスッと開けてみる。頭薬は黒色だ。赤、黒、金、なかなかオシャレなカラーリングである。
 そうして眺め回していると、ひょい、と取り上げられてしまった。別段咎めるようでもないけれど、あんまりお店のものにベタベタ触るなということかな。特にわたしはおっちょこちょいが過ぎるので、落っことしたり壊したりすると思われたのかも。
 ちょっぴり縮こまっていたら、秀一さんは静かな声色で言った。

「きみには必要ないだろう」

 それは確かにそうだ。わたしは煙草を吸ったりしないし、料理も出来たもんじゃないし、ついでに言えば秀一さんの家には仏壇もない。わたしが使うような機会はゼロ、完全に喫煙具として秀一さん向けの商品である。

「しゅーたん、にあう……」

 わたしの言葉に、秀一さんはぱちりと瞬いた。
 あのビルの中では吸わないし哀さんに言われて止めはしたものの、時間があれば咥えていてなかなか愛煙家のようだから、いくらあっても損はなさそうだしいいんじゃないかと思ったのだけれど。
 どうやら別に買う気もなく本当にただ暇潰しに見ていただけらしい。なんかやたら何でも勧めるアパレル店員みたいな事をしてしまった。

「あ、あの、なんでもない……ごめ、なさい……」
「……いや」

 それからすぐに、ありすちゃん、と哀さんの呼ぶ声がして、秀一さんはわたしを床におろし、また先生を掴んで脇に挟んだ。軽くぽんとわたしの背を叩いて、哀さんの元へ行くように促すので、それに従う。

「何かいいものあったしら?」
「え、えと……」

 マッチは哀さんにも必要なさそうだ。あの中にあった“いいもの”と言えそうなものは、その周りにあったものだろう。

「かわいい……ねこちゃん、こっぷあった」
「あらほんと?」

 確かちょっぴりブサイクなネコちゃんが、胡乱げにこちらを見ていたり、コーヒーカップを持っていたりと、なかなかハートを貫いてくる可愛いイラストが描かれたものが並んでいた。ブサかわいいという概念はこちらにも存在するようである。

「ありすちゃん、自分のコップは持ってる?」
「う、ううん。ない」
「なら買ってもらったらいいわ」
「でも、あの……」

 哀さんへのおすすめのつもりだったのだけれど、哀さんはそうじゃなかったらしい。
 うーんしかしわたしは無一文だし、単にコップというだけなら秀一さんのがあるし、既にあれこれと買ってもらっている。居候しているだけだというのにねだってこれ以上ものを増やすのはちょっと図々しいのじゃなかろうか。
 やめとくをやんわり伝える方法に悩むわたしに、哀さんはくすりと笑った。

「それくらい大丈夫よ。日ごろ使うものでしょ?」

 それから、英語で早口に何かを言う。
 はは、と乾いた笑みが、すぐ傍に立っていた工藤さんの方から聞こえてきた。


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