21

 ハッと気がつけばおふとぅん。なんだかそこはかとなくデジャヴ。
 今度はふさふさの金の苔に降り立ったと思ったら大きな虫に襲われたところをロン毛のお兄さんに助けられ、誘拐されまくりながらヤンデレのエジプト王に追い掛け回された末何故かヒッタイトの皇妃になるという、わたしの中の安直なファンタジーとロマンティックが炸裂した夢を見ていた。
 それはともかく、アレレと見回せば、見たことのある景色に覚えのある触り心地と匂いの寝具。
 どうやらいつの間にか秀一さんの家に帰ってきたらしい。
 そういえば、あの海賊版マックみたいなお店を出てしばらくしたら、すごく眠たくなったのだ。
 お腹いっぱいだったし、自分で歩いてるわけでもなく、秀一さんの歩き方もあって殆ど規則的な揺れがあったから、つい、うとうとーっと。
 そこからスヤッと寝入ってしまったらしい。人の腕の中で。
 ず、図太いにも程がある……。
 恥の上塗り厚塗り重ね塗りが止まらない。出来上がっても売れないどころかただの負債でキャンバスの無駄遣いであること必至。

 冷や汗をかきながらベッドを降りてそろそろと扉に近き、目一杯伸びをしてノブを回す。
 ゆっくりそーっと開けた扉の隙間からその姿を探して、見つけた瞬間バチッと目が合った。
 というか既に向こうはこちらに気づいていたようだ。

「起きたか」

 秀一さんはダイニングチェアに座っていた。
 テーブルにノートパソコンを置いていて、その隣にはマグがある。匂いからしてまたコーヒーを飲んでいるらしい。

「あの……ごめん、なさい」
「何がだ?」
「ね、ねちゃった……」
「構わん。子どもはそんなもんだろう――何か飲むか」

 秀一さんはすっと立ち上がって、掌を上に向け、人差し指をちょいちょいと動かした。
 そ、それは手招き? 呼んでる?
 伺うようにすると、秀一さんが頷いた。なるほどガッテンとわたしが寝室から出るのを目に捉えたところで、踵を返してキッチンへ行き、少し屈んで冷蔵庫をぱかりと開ける。

「どれにする?」

 庫内がわたしに見えるよう、扉を抑えて体をずらしてくれた。冷蔵庫の前へ行くと、秀一さんの体と腕で出来たアーチをくぐるみたいになる。
 初めて見た時はほぼ空っぽと言っても差し支えない様子だったそこは、ジョディさんが買ってきたもののおかげで少し賑やかになっていた。もしかしたらわたしが寝ている間にも買い足したのかも。
 牛乳、オレンジとグレープ、りんごのジュース、コーラと、なにかよくわからないカラフルな柄のもの。
 それらの紙パックやペットボトルや缶が、わたしでも取れる一番低い段に並べられていた。
 目を引かれたのは赤い缶だ。
 わたしの目が正しければ“Coca-Cola”と、赤地に白のクルクルとしたフォントで書かれている。そして、わたしの記憶が正しければ、その名前とロゴは、わたしが知っているコーラと瓜二つ。
 間違いじゃないよな。わたしの目も頭もいまいち信用できないポンコツだけどこればっかりは。
 二度見三度見四度見していたら、とん、と背中に何かが当たった。

「ほら」

 大きい手がUFOキャッチャーみたいに赤い缶を掴んで、アームをびくともさせないままわたしの眼前まで移動させてきた。
 ちらっと横を見て、ひゃっと声を上げかけて、どうにかこうにか飲み込む。
 殊の外すぐ近くに秀一さんの顔があったのだ。しゃがみこんだようで、背中に当たったのは腕らしい。ほのかにコーヒーの匂いがする。

「え……えと……あの……」
「他のも後で好きに飲んでいい。同じものをまた飲みたくなれば買いに行けばいいだけだ、気楽に飲め」

 肩を抱かれるような体勢がなんだか落ち着かなくてそわそわしていたら、全部飲みたい欲張りさんだと思われてしまったようである。
 コーラを両手で受け取れば、秀一さんはわたしを抱き上げて、冷蔵庫の扉を軽く蹴って足で閉めた。意外とお行儀わるい。
 簡易ブースターシート設置がめんどうなのか、ソファにぽんと下ろされた。
 ダイニングテーブルからノートパソコンとマグを取ってきた秀一さんが、隣にぼすんと座る。マグをサイドテーブルに置いて、膝の上でまたパソコンを開いた。

「開けれるか?」

 うんうん頷いてプルタブに手をかけたものの、隙間に指を入れるのも難しく、思ったよりも固い。ぐぬぬ。
 格闘していたら、秀一さんが横からひょいと取り上げ、パキッと一発軽やかに開けてくれた。なんでも一撃で倒すハゲのヒーローを目撃したC級モブの気分。

「あ、ありがと、です」

 ああ、とまたそっけない返事と一緒に缶を渡された。そうして、穴の空いたそこに口を付け、くいっと煽った直後。
 ――じゃば、と。
 口周りや胸のあたりも濡れた感覚がした。
 なん……だと……。

「……」

 や、やめろー! そんな目で見るなー!


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