22

 強張った首をぎちぎちと動かして見下ろすと、花柄の布地に、誤魔化しようもないほど茶色い染みが広がっていた。
 想像通り、むしろ想像よりちょっと多いくらい。気のせいという希望的観測はやすやす打ち砕かれた。
 買ってもらったばかりの服に。
 $なんとかとか書いてあった服に。
 さらにはソファにまで。
 血の気が引くとはこういうことか、ざーっと音まで聞こえた気がする。もう一回顔を上げて目を合わせる勇気が出ない。

「ごっ、ごめ、なさ、ごめ……」

 くっと小さくソファが揺れた。秀一さんが立ち上がったらしい。
 いい加減お説教タイムかとドキドキしていたら、秀一さんは一度ソファから離れ、キッチンの方で冷蔵庫を開け閉めする音を立てたあと戻ってきて、わたしの前で片膝をついた。
 自然視界に入ってきた顔はとっても真顔。変わらなすぎて逆に怖い。せめてフキダシで良いのでエモーションを出して欲しい。
 秀一さんはそのまま、わたしの胸元とソファを軽くキッチンペーパーで拭くと、わたしが持ったままだったコーラの飲みくちにストローを差し入れて、缶を支えるように、わたしの手を包む形で掌を添えてきた。

「とりあえず飲む分飲め」
「え、あ、あい……」

 言われて慌てて咥えたのは、ちょっと細い、伸ばすタイプの白いストローだ。どうやら他のジュースから取ってきてくれたらしい。
 ちゅーっと吸ったけれども、真顔でじっと見つめられたまま、緊張で味どころじゃない。喉の通りも気持ち鈍い。
 どのくらい飲んだらいいんだろうと悩んで、ストローは咥えたまま吸い上げるのを止めると、秀一さんが「もういいか?」と聞いてきた。
 頷いて口を離せば、秀一さんはわたしの手から缶を取り、視線を少し下へずらした。茶色の汚え花火が咲いてしまったわたしの服に。

「あいつの言う通りだったな」

 預言者にお知り合いが……?
 出来れば教えてほしかった。それならもうちょっと慎重に飲んだしなんならジュースにした。わたしの花火は秘預言なのか、神秘部に保管でもされているんだろうか。いやそんな図々しいこと言える立場じゃないな。
 ヨウカンの気配を察知したのか、鋭い視線が飛んでくる。なんでもないです図にも調子にも乗るつもりないです。

「次から気をつけろ」
「わ、わか、ました。ごめ、なさい……」
「俺もなるべく手を打つ」

 秀一さんはコーラの缶をサイドテーブルに置き、キッチンペーパーをぽいっとゴミ箱に捨てた。

「服も届いたことだ、ついでに風呂も済ませるか。一人で――」

 言いかけて、秀一さんは一度口を噤み、軽く顎に手を触れた。

「――は無理か……」

 大丈夫できる絶対できるもっとやれるって気持ちの問題だわたしだって頑張ってんだから!
 ……とはもう流石に口が裂けても言えない。
 ひとりでできるもんと高をくくってやらかす姿が想像できる。
 ここまでわたしは明らかに自分を過大評価してしまっている。この体は思った以上に出来る事が限られていて不自由なのだ。期待値をかなり下方修正しないといけない。
 恐る恐る頷いて、反省のポーズで項垂れていたら、またひょいっと抱えられた。
 秀一さんは、わたしを抱えたまま寝室へ行くと、端に置かれた昨日まではなかったダンボールに近寄って屈んで、中から真新しい衣類を掴むとバスルームへと移動した。
 昨日買った服が届いたらしい。熱帯雨林さんに肉薄するなかなかのスピード配達。

「脱ぐのは出来るな?」

 それはたぶん。証明してやるとばかりにえいっと上着を脱いで見せれば、秀一さんはひとつ頷いて、自分の服の袖や裾を捲り始めた。
 ……よ、よかった。もしかすると秀一さんまで纏めてザブンなのではないかとちょっとドキドキしていた。
 いやあの、見たくないのかとか気にならないのかと聞かれたらまあその、全くもって違うというわけじゃないんだけれども。


 そんなこんなで、ベタベタのコーラも沢山かいた冷や汗もすっきりさっぱりきれいに落ちた。
 真っ裸を晒してパンツまで手渡されて、正直に言えば穴があったらコンクリと一緒に入って固まったあと宇宙に飛ばされて考えるのをやめたいくらい恥ずかしくはあったけれど、どのみちぺったんこどころかステータスだとか希少価値だとかすら言えないレベルのマヨネーズ妖精体型だ。
 しかも秀一さんの洗う手つきはあたかも犬や猫にするかのよう。腕まくり裾まくりでちょっと雑にワシャワシャやられている間に吹っ切れたのである。
 どうやらあんまり湯船を使う習慣がないらしく、シャワーだけで終わった。
 秀一さんはわたしにドライヤーまでかけてくれて、今度は自分が浴びるから好きにしていろと言ってまたバスルームに入っていった。


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