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 秀一さんの家沿いの道をしばらく進み、曲がった先は、建物の造りや路駐の車なんかの景色自体はあまり変わらないけれど、向こうと違って少し広く、双方向の車線があって、車通りや人通りも先程より多い道だった。
 路面にはSCHOOLと書かれている。これはさすがにわたしでも分かる。この辺に学校があるのかもしれない。
 それから、

「えむぴーえいち?」

 と20、数字が書かれているなら制限速度なんだろうか。

「読めるのか」

 首を傾げていたら、上から低い声が振ってきた。
 見上げるとバチッと目が合う。
 あっいやなんでもないです、と誤魔化そうとしたら、秀一さんは一度わたしが見ていた路面へ視線をやって、わたしに戻した。

「MPHはMILE PER HOURの略だ」
「ぱーあわ」
「マイル毎時、一時間に何マイル進むかという速さの単位」
「ま、まいる……」
「それは距離の数え方だ。ある場所と場所がどのくらい離れているか――たとえば、俺の家から昨日行った服屋までは3マイルになる。今いるここまでは0.2マイル、こちらは350ヤードと言ったほうが良いか」
「やーど……」

 あれだな、飛行機で貯まるポイントじゃなくてヤードポンド法だよって話だな。
 といってもヤードなんてゴルフで使うんでしょという程度の認識しかない。ゴルフボールを450ヤード飛ばせるハーフボーイがとんでもないということは知ってるけれども、それが実際どんな距離なのか知らないのだ。つまり何メートル?

「1760ヤードで1マイル。それに満たないから、0.2、つまり5分の1マイル…………分からんか」

 なんじゃそりゃというのが顔に出ていたらしい。秀一さんは小さく唸った。

「とりあえず、ここでは車はゆっくり走れと書いてあるんだ」

 うんうんと頷いたものの、それもいまいち分かってねえなこいつといった目を向けられてしまった。な、なんだか申し訳ない。
 あんまり表情が変わっているわけではないので、内心どうかは置いといて、わたしにはそう感じられたというだけであるけども。
 時速かあ。日本じゃほとんど数字のみの表記なのに、わざわざああして書くのは、マイル毎時とキロ毎時で、あるいはそれ以外にも何かあって間違えるからなのだろうか。それとも、見た限り多民族国家みたいだし、そういう国ならではの理由があるとか?
 お察しの通り他国の事情に疎いので、それっぽい推論も立てられず、そういう薄ぼんやりとした小学生並みの感想しか出てこない。
 でもちょっと覚えた。ぱーあわ。1マイルは1760ヤード。明日は無理かもしれないが、いつか使えそうな知識だ。
 ありすは かしこさが 1 あがった!

 そんなまさしく賢さのなさそうなことを考えていたら、秀一さんが思いついたように口を開いた。

「……そういえばプレートも気にしていたな。文字に興味があるのか?」
「え」
「ああいうのが気になるか」
「えと……」

 いやそりゃないわけじゃないし、あるといえばあるような? 改めて聞かれるとちょっと悩んでしまう。読めたら良いなとは思う。
 アンケートでいう“どちらかといえばある”みたいな気持ちで頷きを返したら、秀一さんはわたしの体を片腕で抱え直して、近くにあったポールを指差した。

「あれは読めるか?」

 ポールというか、ポールに付いたものを差していたらしい。
 秀一さんの頭よりもっと高い位置、多くの人に見えるようにとの意図が感じられる掲げられ方をしたそれは、標識のようである。
 横長の板で、緑色が二枚、白黒が一枚。

「えーぶいいー、えー」

 わたしが読み上げると、秀一さんの指が、今度は白黒の方を指した。

「あの矢印のは?」
「おーえぬいー、だぶりゅえーわい」

 少し体を回してその次は、店の看板のようなもの。

「そこの数字は」
「よんさんはち、じゅーに」
「ふむ」

 なるほど、と、なにがなるほどなんだかは言わず、秀一さんが小さく瞬く。
 それから、今まで歩いていた道を右に曲がってサクサクと歩き始めた。足取りは迷いがない。右、左、しばらくまっすぐ。
 車道の両脇に車がずらりと停まっているからか、歩道にも街路樹やゴミ箱らしきものや、せり出した階段や柵があるからか、幅の割に狭く感じる道が続いた末、また少しだけ広くなり、人通りと車通りが増えたところで、秀一さんは足を止めた。
 その視線が捉えたのは、交差点の角にある店だ。
 わたしのなけなしの英語力によると、オーニングに書いてあるのは××××××BOOKSTORE、ナントカ本屋さん。
 ガラス張りの扉越し、中に書棚が並んで見えたので、間違いじゃないはずである。
 その店に、秀一さんはすたすたと足を踏み入れた。


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