18

 ちょっぴり古びた感じの、気取らない雰囲気のお店。
 本が並べられ、平積みされた、棚や机、それから革張りの一人がけソファや絨毯と、どれもレトロというか、アンティークというか、ザ外国といった風だ。うーん頭の悪そうな感想。
 秀一さんの足取りは敷居を跨いでも迷いなく、さくさくと歩を進め、ややひらけた、背の低い書棚のあるエリアに辿り着いた。
 そして、書棚のひとつの傍にわたしを下ろすと隣にしゃがみこみ、無造作に棚から一冊引き抜いてわたしに見せてくる。
 縞々の帽子を被って首元にリボンを付けた、なんだかにゅーんとした体の、ネズミのような生き物がえがかれた表紙。可愛らしくほのぼのしたそれと秀一さんの怖い顔が並ぶとシュールだ。

「こういうのはどうだ」

 どう? い、いいと思います。
 ほぼ反射でこくこく首を動かしたら、それを手渡されて胸に抱えることになった。秀一さんが持つと小さく見えるのに、自分で持つと大きく感じる。
 秀一さんは、そのまままた棚に手を伸ばそうとして、なぜか急にぴくりと手を止めた。
 かと思うと、さっとポケットからスマホを取り出して一瞥し、

「……俺も欲しい本があるから取ってくる。すぐ戻る。好きなのを選んでいろ」

 そう言って、来たときと同じよう、それより速いくらいしゃかしゃかと歩いて行ってしまった。
 沼の新刊発売日を忘れていたとかだろうか。ちゃんとチェックしとかなきゃですよ。


 しかし、選べって言われてもなあ。
 全部同じに見える。どうしたものかとぼんやり眺めて考えていたら、とんとん、と肩を叩かれた。
 振り向いて目に映ったのは、眼鏡をかけて、ヒゲをたくわえたおじいさん。途中通ってきた店内の隅でちらりと見かけた、革張りのソファに座ってうたた寝していた人だ。

「××」
「え?」
「××××××、××?」
「あっ、えっ、え?」

 おじいさんはわたしの目の前に膝をついて、何かを聞いてきた。あまりにさらりとしていたので、なんて言ったか分からない。
 わたしがおろおろしていると、おじいさんは両手を合わせて、ぱかっと開くよう、小指側をくっ付けたままてのひらを上に向けた。それを何回かやって、本棚を指差す。本のジェスチャーらしい。
 それから、腕を組んでやや難しそうな顔を作り、首をこてこてと傾げる。また本棚を指さして、横にずらしながら、ちょんちょんちょん、と指先を跳ねさせる。ものを数えるような仕草だ。
 指は棚の端までさすとくるくると回ってあらぬ方を向き、他の指と揃えられて、肩をすくめたおじいさんにぴらりと翻された。ハァーサッパリサッパリみたいなポーズ。

「××××××?」

 ――どれがいいかわからない?
 と、聞いている……のだろうか。
 おずおず頷いてみると、おじいさんはさもありなんといった様子で深く大げさに頷いた。
 そして、左掌に右手の拳をぽんと乗せたあと、傍の本棚に並んだ背表紙を、こちょこちょとした勿体ぶる動きをさせながら指でなぞり、ある一冊で止めると、すっと引き抜く。
 フリップボードみたいに両手で持ってこちらに向けられた表紙にあるのは、白いスニーカーを履いた黒猫の絵だ。
 おじいさんはどこかきらきらとした瞳でわたしを見て、その光と頬をにっこりと和らげた。
 手元の本をぱらぱらと開くと、手書き風の文字を指で追いながら、おじいさんは、ゆっくり、囁くように渋い声を出す。

「××××、×××××××――」

 どうやら読んでくれているらしい。中身の正確なところはさておき、小さいながらはっきりと抑揚が付いていて、情感たっぷりであるのは伝わってくる。
 おじいさんははページをめくると、トーンを少し上げて声を弾ませた。

「×××××××、×××××××♪」

 紙面では主人公らしい黒猫がギターを持っている。文字の傍に音符も書かれているから、これを黒猫が歌っているという話なのだろう。
 そのメロディが、実際そういう曲があるのか、おじいさんのアドリブなのかは定かではないけれど、なかなかシンプルかつキャッチーで覚えやすい。
 歌詞らしい歌詞も、文字を見る限り、わたしでも分かる簡単な一文が繰り返されているだけだ。

「×××××××、×××××××♪」

 おじいさんが、絵本をひょこひょこ動かしながら、ノリノリで何度も歌う。
 もしや乗れということだろうか。ちょっぴり悩んで、えいやと声を出す。

「……あらま、わいしゅー?」
「××、××!」

 上手上手、とでもいうように、おじいさんがにこにこ笑って、ぺージをめくる。
 今度は猫の靴が赤になった。おじいさんの声色と表情的に不本意なものらしい、なんてこった! といった風。けれど次のページで、猫はまたギターを持って歌い出す。合わせて始まるおじいさんの歌が、少しだけ違った。

「×××××××、×××××××♪」
「あ、あらまれっしゅー」
「×××××××♪」
「あらまれっしゅー」
「××! ××××××!」

 べりぐっとと言われてしまった。ちょっと照れる。へへ。
 なるほど、大好きな靴の色がうっかり変わっちゃったけど、赤もいいじゃんっとな、なんとポジティブ。人生楽しそうな猫ちゃんだ。
 おじいさんは、更にページをめくると見せかけて、これでおしまい、という風に絵本を畳んだ。
 それをわたしに渡して、ぱちっとウインクをする。

「――これから先は、お楽しみだ」

 シーッ、と内緒話をするように、人差し指をふわっとヒゲに当てて、「パパによーく甘えなさいね」と言うと、おじいさんはさっと立ち上がって、あっという間にいなくなってしまった。
 い、今の日本語じゃなかったですか先生?


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