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やはり根っこがお調子者のケがあるのか、褒められるとチョロッとニョキニョキ自己肯定感がゴキゲンにこんにちはするもので、箱を作るのがとっても楽しくなる。 せっかくなのでお菓子をくれたみんな分、お返しに箱入りにしよう、そうしよう。贈り物はちゃんと包装があったほうが丁寧で気持ちがこもって見えるっていうのはきっとある程度の世界共通認識だと思う。わたしはそう思う。 調子づいてせっせと折り始めたわたしの動きをみただけで、秀一さんは何をやりたいのかわかったらしい。もうマクロ登録でもしたのではという滑らかかつ無駄のない所作でサクサクーっと四角の紙をたくさん作り上げてくれた。や、やりおる。もしや秀一さん、バターはアルダン社コーヒーはプレオベール社、日曜日は水族館に行くのが決まりだったりしますか? いやまだ行ったことないしバターの出番はマチマチですね違うのはわかってます。 わたしの様子をしばらく眺めていた秀一さんは、ふと思いついたように、四角い紙の中から一枚を取り上げて、静かに何かを折りはじめた。一体なんだろう、とちらちら様子を伺っていたら自分のぶんをどこまで折っていたか分からなくなった上に変な折れ方をしてしまった。うう、せっかく作ってくれた紙を無駄にするヤツ。 秀一さんは一度手を離すと新しく四角の紙を作って、途中だったものに再度手をつけ、わたしに見えるように少し寄せて折ってくれた。すでに出来ていた端を折り込むような形から、半分を目印に折って折って、開いて、ひっくり返して。完成は意外と早かった。 出来上がって掲げられたのは。 「いか」 秀一さんの指に挟まれたそれは、やや縦長の三角形の先に更に小さな三角形が二つあるような、四角形がくっついたような形をしている。 「×××× that's right」 「……さむ?」 未知の単語に首を傾げたら、秀一さんはほんの少しの間のあと、小さく息を漏らして、目元を和らげた。 「……“その通り”だ」 うーん、なんだか頭にもう一言あったような気がするけれど、まとめてそういう慣用句的な話なのだろうか。いつもなら詳しい解説をくれそうなのに、秀一さんはそれ以上そこには触れず、手元のイカさんをぴらりと揺らした。 「実物は見たことがあるか?」 「えと……あ、」 ある、と答えようとしたけれど、そのシーンを思い出そうと頭の中を探し回ってもまったくヒットしなかった。あるぇ。わたしの脳みその検索エンジンはちょっぴりだいぶ前時代的。 首を振ると、テレビや絵でか、と聞かれる。フワッと脳裏を駆けて行ったのは青い女の子やカラフルな絵の具だ。それはなんか違うのではなかろーか。もっとイカ然としたイカ、海を泳ぐ生き物という意味でだろう。 そういうものだという概念は分かっているのに、なぜかその見た目の記憶は掘り出せない。変だ。イメージ検索機能サーバーダウンの可能性。もしかすると未実装なのではという疑いが湧き始めた中、かろうじてダイヤルアップレベルの速度でぼんやりと浮かび上がってきたのは、 「えと……きりみ……」 というのか、白いなにか。 「…………そうか」 秀一さんはなんとも言えない顔で頷いた。 いやあのわたしだってリアルワールドオーシャンでもキリミちゃんの遊泳みたいな有様だとは思ってません。 し、しってる、ちゃんとしってる、これイカ。こういうのがイカ。ジョーシキアピールに折り紙をツンツン突いていたら、逆にますます疑いが深まり確信を持たれてしまった気がする。 「食べたことは?」 「あ、ある」 「味が好きか」 「んと、あんまり……」 というか、よく思い出せない。 「あの、ぱぱは?」 「……俺もそう好んでは食べない」 かすかなものだけれど、秀一さんの眉間にシワが寄って、オヤッと思う。 ものの好き嫌いについて、秀一さんはいつもそうやってはっきりとした言い方をしない。それと同時に、表情も曖昧というか、他の話題を口にする時と変わらずしらとしているのが常なのだ。……もしかして、わりと嫌いなほう? そこのあたりをフカボリするか否か悩んでいる間に、秀一さんはまたすっと眉間の僅かな溝を均してしまい、手慰みのようにイカさんを弄りだした。 伸ばして、開いて、さっき作り上げるときに折ったときの逆再生するかのような動き。ちぎらないのでキリミにはならないけれど、ヒラキ状態から、それを見てイカさんだとは断言出来ないような姿に変わっていく、さながら解体ショーである。 「!」 しかしなんとイカさんは、ちょちょいと手を加えると、立派な翼を生やした飛行機さんへと転生した。大躍進……になるのだろうか。イカさんにとってどっちがハッピーな世界だったかは、イカさんのみぞ知る。少なくとも人間界においては、かっこよさも強度も需要も価値も上がって勝ち組入りの当たりガチャだ。 「――」 秀一さんが、両翼の中心、下の胴に当たる部分を摘み水平に掲げて、クッと手首のスナップを効かせつつ、生け捕りの蝶を自然に帰すがごとくふありと掌を開く。 たったそれだけの短い動作だったけれど、やけに目をひかれる気がした。長い指が靭やかに動くさまは、きれい、だと思う。見惚れてしまった、といっていいのか、な、なんか恥ずかしい。 そうして送り出された飛行機さんは真っ直ぐに飛んでゆき、加速が緩むとゆったりと宙を浮遊したあと、壁にコツリとぶつかって、部屋の隅に落っこちた。 思わずワーッと拾いに行ってしまった。気持ちはワンワン。上手に取ってこい出来たワン。 あの指の動きを思い起こしながら秀一さんのマネをしてエイッと飛ばした飛行機は、飛ぶというか墜落という表現のほうが正しそうな勢いで、吸い込まれるよう床にダイブしスコンッと頭突きした。 |