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 今日はおやすみらしい。
 毎度のごとくスヤスヤ寝こけていたわたしを秀一さんは起こすことなく存分に寝かしてくれていたようで、目が覚めたころには明らかに朝からはそこそこ過ぎただろう陽の光が窓から差し込んでいた。Soとてもデジャブ。ここまで強く長く照らさないと目覚めないの、わたしってば古いソーラーモーターかなにかかな。
 ベッドから降りるのは出来た。しかし踵を返して試しに登ろうとしてみたところな上手くいかない。行きはよいよい帰りはなんとかってやつだ。そうなるのが分かっていたので先に床に落としてごめんなさい先生。
 とぅっとぅるーと扉を開けた先、シュウリンはダイニングチェアに座り、何やらテーブルの上に乗せたノートパソコンをじっと見つめていた。

「おはよう」
「お、おはよ、です」

 落ち着いたトーンで挨拶をされて、スッと我に返った。寝起きに変なテンションになるのはあるあるですよね。ですよね先生。まだ寝てるんですか先生。お耳をギュッとしても返事がない。
 秀一さんはノートパソコンをパタンと閉じて立ち上がった。何をしていたんだろう。タイピング音はしていなかったので、眺めていたのは読み物か画像みたいなものだろうか。もしかしたらわたしが寝てる間にやりたいことやれるので都合が良いから起こさないというところもあるのかも知れない。
 秀一さんはいつもどおりの朝の諸々を、普段よりもゆっくりとやってくれた後、今日はどうする、と聞いてきた。

「えと……おうち」

 とかどうですかねっというわたしの案は見事に採用された。

「あの、どーぞ、おかまなく」

 違うお構いなく。
 ウッカリ政治的に正しくないっぽい発言になってしまったものの、秀一さんはちゃんとわたしの意図を汲み取ってくれたようで、そうか、と短く返事をした。炎上回避。受け手の知性とモラルが高いと平和だという例、なんですか先生やっぱり起きてるじゃないですか。おやすみなさい。

「おえかき……」

 します、と言うのも、もしかしたら予想していたのかもしれない。そう思ってしまうようなレスポンスの良さだった。秀一さんは、机に置いていたクレヨンと紙をさっと取り渡してくれた。それを持って床に座り込み、邪魔にならない程度に広げて、ちらっと秀一さんを伺って大丈夫そうなのを確認すると、作戦を開始する。
 置き去り上等、ひとり上手と呼んでください。
 ひとりでできるもんアピールとしてはじめたおえかきだけれど、始めてしばらくするとホントに楽しくなってきて、思いの外夢中になる。
 最近しょっちゅうやっているので、ほんのちょびっとずつではあれど、上達の兆しが見えかけているのだ。
 まずクレヨンを取り落とすことが減った。そして、思った方向に動く確率が増えた。線がなめらかになってきた。ほんのちょびーっと、だけれども。わたしくらいしか分からないだろう。先生は一ミリも二ミリもキロで考えたらほぼ同じって言ってる。はい。
 色は相変わらず三色、なので、わたしの操る空間では色の概念が変わるという設定にしている。わざわざ設定がいるかというととてもいらない。
 青と赤でえいえい〜っと書いたのは、まだ見ぬジョンさんと先生だ。
 先生も一種の助手みたいなところがあるし、ジョンさんと通じるところもあるに違いないという勝手な決めつけによるドリームマッチである。いつか出会えたら仲良くなれたらいいですね。可能性は低いかなあ。

 もじゃもじゃーっとお絵かきをしつつ、たまにお菓子を食べる。
 その最中、ティンと思いついて、キャンディの包み紙のシワを伸ばして折ってみた。折り紙の記憶なんて遥か彼方存在も怪しいレベルではあるけれど、小箱や折鶴くらいは作れるのではないか。
 という淡い期待はまあ綺麗に散った。包み紙は何にもならなかった。ただの折った包み紙です。
 やっぱりぶきっちょな上折り方も知らないわたしができるわけがなかったのだ。解散解散!
 放り出しておえかきに戻ろうとしたところで、それまでそんなわたしの様子をちらちらと見つつパソコンをいじっていた秀一さんが、席を立ってわたしのそばに来ると、向かいにあぐらをかいて座った。

「彼のようなものを作るのは難しいだろうが――」

 まだ真っ白だった紙を取り、隅を折ると、クレヨンの箱を使い、折った紙の縁に沿ってピリピリと破く。そうして出来た正方形の紙二枚を、三角や四角に折り端っこを折り、ひっくり返したり折り返したりして、あっという間に箱を作ってしまった。

「これならどうだ?」

 すごっと声が漏れる。思わず拍手。

「ぱぱ、しってた?」
「いや、今調べた」

 今って、わたしがもじゃもじゃやりはじめて某修造さんも呆れるくらいわりとすぐ簡単に諦めた間に? そんなちょろっと調べて見ずに作れるもの?
 差し出されて受け取った真っ白な箱は、上下で若干大きさが異なりほどよく噛み合っていて、綺麗にぱかぱか開け閉めができる。すごい。

「作りはそう複雑じゃない。やってみるか?」

 わたしがうんうん頷くと、秀一さんはもう一度正方形の紙を作って、お手本にゆっくりと折りながらどうすれば良いのかを教えてくれた。
 端を揃えられず、思ったところで折れず、ぐしゃぐしゃになってしまうたび、大きな手が伸びてきて、綺麗に整えてくれる。手のサイズ的にはわたしの方が細かい作業に向いていそうなのに、まったくさっぱりかなわない。
 どうにかこうにか形にはなったけれど、何度も間違えたぶん無駄な折り目がついてあまりよろしくない見た目の仕上がりになってしまった。

「れんしゅ、する……」

 秀一さんほどとは言わないまでもせめてもっとまともっぽく作りたい。さっそく秀一さんみたいに紙の端を折ってクレヨンの箱をあて、えいっと紙を引っ張ったら、見事に箱や折り目など関係ねーおれはすきにやるぜーってな感じにびりーと破れた。

「……」
「……」

 静かに作り直してくれた。め、めんぼくない。しかも秀一さんは、四角形の紙を作りつつ間違いを横から修正しつつ、わたしに合わせて何度も同じものを作ってみせてくれた。

「……できた」

 奮闘すること幾星霜。果てしないるろーの旅路だった。
 はじめに比べるとだいぶましなものができたと思う。どうですかね先生。ええんちゃうか。これまた適当なコメントだけれども嬉しい。
 秀一さんも、上出来だ、と言って頭を撫でてくれた。うーんこのとんでもないよっこいしょ。でもとても嬉しい。


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