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 建物の外には、思った以上に人がいた。
 青いラインとFBI POLICEというロゴの入った車や、わたしが乗せられてきた黒い車の周りに、秀一さんと同じくジャケットや強そうなベストを着た男の人や女の人があちらこちらにいて、一人がこちらに気づいて何かを言うと、ばっと、皆一斉に秀一さんを見てきた。

「シュウ!」

 ざわつく中で一段と大きな声を上げて駆け寄ってきたのはジョディさんだ。
 ぶつかるのではというほどの勢いでやってきて目の前できゅっと止まり、焦った表情で秀一さんの、わたしを抱くのとは反対側の腕を掴んだ。

「よかった、無事ね。突入前に鳴るんだもの、万が一があったのかと……」
「多少の狂いがあってな」

 秀一さんはさらりと言ったけれど、その狂いとやらはどう考えても百二十パーセントわたしのことだろう。ジュースをこぼしただとか寝坊しただとかとは比べ物にならないレベルの大迷惑である。穴掘って頭突っ込みたいくらい申し訳ない。
 気持ちめいっぱい縮こまっていたら、ジョディさんはすっと視線を移してわたしの顔を覗き込み、わたしの頬をそっと撫でた。

「ありすちゃん、怖かったでしょう。早く助けられなくてごめんなさい。たくさん痛い思いしたわね。でももう大丈夫よ」

 眉を下げたジョディさんの心底悲しげな声が、じわりと胸に沁みて、一度は引っ込んでいた涙がまた溢れそうになる。誤魔化すようにうんうんと首を振れば、うっかりぽろっとこぼれた。ょ、ょゎぃ。つくづくわたしの涙腺は締りがない。
 ジョディさんはよしよしどうどうってなばかりに宥めるよう、傷を避けつつわたしの頭や肩を撫で擦り、涙を拭ってくれた。うう、惚れてまうやろ。

「病院に行ったほうがよさそうね――どうする?」
「このまま行く。その方が手っ取り早い」
「そう。なら話を通しておくわ。あんたも診てもらうのよ、シュウ」
「いや、俺は……」

 秀一さんがそう言いかけると、ジョディさんは途端半眼になって、ぎゅっと腕組みをした。

「あのね、ソレは貫通は防げても衝撃まで全部吸収してくれるもんじゃないってのは、あんたも知ってるでしょ!? キャメルみたいに肉も厚くないんだから! っていうか本当に貫通してない? 何ミリ? 何ヤードで撃たれたのよこれ!」

 まるでお母さんが子どもを叱るような口調で捲し立てて、ジョディさんがドンと秀一さんの胸、防弾ベストの穴のあいた部分を拳で叩く。

「……」

 黙ったまま、秀一さんがほんの小さく息をつめた。
 見上げて顔を伺ってみれば、微かに眉根を寄せて、何やらもの言いたげな視線をジョディさんに向けている。……気がする。
 ジョディさんはといえばその視線をひらりと躱してわたしの方へ屈んで、さっき叩いたところを指で指し示してみせた。

「ありすちゃん、これね、ほんとは痛いのよ」
「えっ……」
「だから病院についたら、しゅーたんのことも診てあげて下さいって、先生にお願いしてくれる?」
「う、うん、する」
「よろしくね」

 おい、と秀一さんがちょっぴり非難めいた声を上げたけれど、こればっかりはわたしもジョディさんの言うことを聞くぞ。防弾ベストって無敵、そう思ってた時期がわたしにもありました。VITとダメージカットは別って話だね。
 ジョディさんの視線を追って見上げた頃には、秀一さんは微かに寄せていたはずの眉をもう解いていて、相変わらずまったく痛くないですよ私は何も知りません秘書がやったことですみたいな涼し気な顔をして、さっさと歩き出してしまった。
 その体越しに、ふう、と、ジョディさんの小さな溜息が聞こえた。


 秀一さんは、ずらりと並ぶえふびーあいカーの端にある、ロゴも何も付いていない普通の車の助手席にぽんとわたしを座らせてシートベルトを付けると、ちゃかちゃか回り込んで運転席へと乗り込んだ。
 初めて会った時秀一さんがわたしを乗せたのはこれと違って黒色だったはずだ。どっちが秀一さんのものなんだろう。流石に一人で二台持ちな訳はないだろう、多分。もしかしたらどっちも違う?

「シートを用意する暇はなくてな。なるべくベルトを持っていろ」

 言って、わたしが頷いてベルトをギュッと握るのを確認してから、秀一さんは自然な動きで車を発進させた。

 そうして十数分。ドアが空いた瞬間に、むしろ外観を見た瞬間に思ったことだけれど、滲むように湧いたそれは薄れることなく、むしろじわりじわりと濃くなりながら胸の中に居座り続けていた。
 どの車も機能的に似たようなものになるにしろ、車種が同じなのか、内装が随分似ている気がするのだ。行きに乗ってきた、お兄さんの車に。
 そのせいなのか、どうにも落ち着かなくてそわそわする。
 チラッと運転席を窺って、そこにいるのが秀一さんであるのを確認してちょっぴりホッとする――なんてしょうもないことを、何度も何度もやってしまう。
 それをやらないと、もしかしたらまた、この静かな車内にあの浮ついた声が滔々と流れ出して、あの視線がわたしの全身をなぞって、それからあの手が頭を撫でてくるのでは、と思ってしまうのだ。

「!」

 すっと伸ばされてきた手に、思わずびくりとしてしまった。
 けれどその、頭を撫でる手付きがちょっぴりそっけなくて、すぐに緊張は解けていく。
 思い切って両手を上げ、そろそろと触れてみれば、その大きな手は、ゆったりとした動きでわたしの手を握った。あまり高くはない温度とややかさついた感触。それを感じるのにもぞもぞと動かしても、秀一さんは不快にした様子もなく、わたしの好きにさせてくれる。
 ゲンキンなもので、そうしているとどんどん気持ちが落ち着いて、瞬く間に眠気までやってきてしまう。


 “――おぼえていて”

 うとうととまどろんでぼやけた意識の狭間で、聞き覚えのある声が響いた気がした。


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