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男の人に抱えられたまま、何駅かの間電車に揺られて、また地上に出た。 わたしのぶんの切符を買わなくても良いんだろうかと心配していたのだけれど、ジョディさんによると、ここの地下鉄はわたしみたいに小さな子どもは無料なんだそうだ。 日本でもそうだったのかもしれない。身近に子どもなんていなかったから、そんなこと気にかけたこともなかった。 駅を出てからもしばらく歩いた。もちろんわたしでなく男の人が。 見回すと、全体的な雰囲気は変わらないけれど、さっきのところとは少しだけ違って、何となく小奇麗で、建物がにょきっと高い。近代的な作りのビルもあって、それは少し親近感が湧く。 「……」 不意に、すっとすれ違った女の人に目を引かれた。 肩より少し長いくらいの黒髪で、馴染みのある顔立ちだった。世界こんなところに日本人。 全然知らない他人ではあるけれど、それにもホッとした。ここは異国なだけであって、異世界じゃないのだ。 いや異世界なんてトンデモな話をマジメに考えていたわけではないけれども。自分がトンデモなもので、そういう可能性も無きにしもあらずなのである。それはもう少し置いとこう。 一度角を曲がってすぐ、ジョディさんの先導で入ったのは、背の高いビルの隣にある、青いオーニングのお店だ。 迎えてくれた店員さんへ、ジョディさんはにこやかに挨拶したけれど、男の人は「どうも」と素っ気なく言うだけだった。 「アンナに教えてもらったのよ。ほら、今、彼女の子ども二歳でしょう? ここのスカートがお気に入りなんですって」 「ああ……そばかすの、髪を撃たれた?」 「……それサラのことじゃない? 分析官の子よ! あんたね、どーして犯罪者の顔と名前はミリ秒でも覚えるのに、同僚のことはそうなわけ?」 「同僚と言っても、所属が違うだろう。関わりもない」 「こないだの彼は何なのよ。しかもアンナ、あんたが思わせぶりな事言ってた頃しょっちゅうアプローチしてたじゃない」 「……」 心当たりがないんだか、ありすぎるんだか、そもそも興味がないんだか、とにかく怪訝そうな感じで、男の人は小さく眉根を寄せた。ジョディさんは呆れ返ったよう半眼でそれをねめつける。 そういうことがある人なのか。 顔は整っているし、体も引き締まってるし、カッコイイ、のかもしれない。ジョディさんが言っていたようなことを、他の人も思っているのかも。うーん、でも、こっそり見上げた顔はやっぱり怖い。 とにかく下ろして、とのジョディさんの声で、わたしは久々に地に足をついた。頭はずっとフワフワだけど。 「ありすちゃん、この中から、なんでも好きなの選んでいいわよ」 屈んでわたしの背に手を当てたジョディさんが視線で示した店内は、普通のスーパーやコンビニなんかよりも狭いセレクトショップといった風だけれど、今のわたしからすればとても広い。 その棚や壁、それからいくつも置かれた回転式のハンガーラックにはたくさんの洋服が掛けられ飾られていて、とてもじゃないがどれがいいなんて分からない。 「え、えと……」 おろおろしていたら、ひとまず何か着てみましょ、と言って、ジョディさんが近くにあったワンピースを取って微笑んだ。 それから、ジョディさんの勧めるものをあれこれと試着していった。 白地にピンクや水色の花柄、オレンジのボーダー、青のギンガムチェック、蝶やフラミンゴや猫、アイスキャンデーやカップケーキの柄。 子ども向けだからか、くっきりはっきりした柄や彩度高めでカラフルなものが多い。見てるぶんには可愛いなあと思うけれど、これをわたしが着るとなるとちょっと考えてしまう。 そんなこと思いながらも、お人形さん状態で勧められるがままくるくる着替えて、その度に「どうかしら?」とニコニコ聞かれてうっかり反射的に頷いていたら、ラックに戻さない洋服が積み上がっていってしまっていた。 ワンピースだけでも種類豊富で、それがTシャツやティアードスカート、パンツにキュロット、帽子に靴まであったのだ。なかなかの量である。 しかもかなり時間がかかってしまって、暇を持て余した男の人はいつの間にか外に出ていたらしい。このくらいかしらと一息ついたジョディさんに呼ばれてまた入店してきて、積まれた服をちらりと横目で見た。 「じゃあ、シュウ、よろしく」 とジョディさんが笑顔でぴらっと手を上げる。 さすがにこれ全部買う気じゃないだろうなとのツッコミがあると思ったのに、男の人は黙ってレジでカードを出した。も、申し訳無さマックス。 「ご、ごめんなさい……」 ズボンを引っ張って謝るわたしを、男の人はじっと見下ろした。 ゆっくりと一度瞬いて、すっと軽く屈み、わたしの頭にぽんと手を乗せたかと思うと、また支払いに戻ってしまう。 ……い、いいよってことなんだろうか。そんなポジティブに考えちゃって大丈夫なんだろうか。子供服ってったって、値段も体積も、チリも積もればなんとやらなのに。どう思う? 服を纏めてもらっている間そわそわしていたけれど男の人は店員さんと英語でもじゃもじゃ喋っていてわたしにはなんにも言ってくれなかったので、しゃがみこんで近くの棚の下段に寝っ転がっていたうさぎさんぬいぐるみの脳に直接問いかけてみたが、返事はなかった。あったら慄く。 |