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買った服の中からどれか着ていったらどうかと言われて選んだのは、裾に花の刺繍があるだけで比較的ちょっと落ち着いた、ウエストで切り返す水色のワンピースだ。それに薄いレモン色のカーディガン。他に数着と下着を紙袋に詰め、残りは配送の手配をしたらしい。そんなに必要だったのかは甚だ疑問である。 「あとの細かい日用品はシュウの家の近くで買えるし、せっかくだからこのあたりで軽くお昼を食べましょう」 店を出てそう言ったジョディさんに、男の人は、はいはいボス、みたいなことを英語で返してまたわたしをひょいと抱き上げ、その後をついて歩き出した。 ボス。あんまり日常で使うような単語じゃないような気がするけれど、英語ではそうでもないんだろうか。それとも職業柄? 来た道を戻るようにして駅を越えてさらに進み、途中でカフェのような店に寄って、ベーグルやジュースを買った。ジョディさんイチオシのお店らしい。 「持っていてくれるか?」 と、男の人に頼まれて、目的地に着くまで、わたしは両手にアイスティーとオレンジジュースのコップを持っていた。落っことしそうでひやひやしたものの、何とか成し遂げた。相変わらず抱かれたままだったので、最終的には全部男の人が持っていたようなもんだけれど。 ジョディさんが足を止めたのは、公園の中だった。 あの、レトロながらも近代的な町並みが嘘だったかのように、どこもかしこも緑の、まだまだ奥にもその景色が続いていそうな。 ジョディさんは道沿いに並んだベンチに座って、男の人もそうするよう促した。男の人は、しっかり持っていろ、と言ってわたしの脇を掴み、ジョディさんの隣におろした。そして、わたしを挟むようにしてジョディさんの反対側に座ると、わたしが持っていたコップの、アイスティーの方を取る。ありがとう、と言われてしまった。持ってただけで。いいってことよ。 ベンチの向かいはそれなりに人が行き交えそうな広い道だが、生い茂った背の高い木々によって、ちらちらと漏れた光を浴びるくらいでほとんど日陰だ。微かにそよぐ風と相まってとても気持ちいい。 「たまにはこういうところで食べるのもいいでしょ?」 そう笑いかけてくるジョディさんに、うんうんと頷いた。お世辞抜きでまるっと同意。 「きれい、きもちい、……です」 「よかったわ。素敵な場所で食べるごはんはもっと美味しいわよ」 差し出されたベーグルは、サーモンとクリームチーズを挟んだもの。お店がなかなか混雑していて、早く決めなきゃと焦って鉄板に逃げてしまった。それでも随分美味しそうだ。口の中に、唾液がじわっとにじみ出る。 ジョディさんがもう一つを男の人にも渡して、自分の分を手に持ったところで、わたしがいただきますと言うと、ジョディさんはあらそうねと瞬いて、後に続くよういただきますと言った。コップを横に置いて、ベーグルを持った手に、空いた手を軽く添えてから。何があらそうねなんだろう。 ちらっと見上げたら、男の人はもう既に一口食べていた。受け取ってすぐ口にしたようだ。 あんまり美味しそうな顔をしていない……ように見える。 煙草を吸っているときや、歩いているときと変わらない表情……に見える。 「……何だ?」 じろじろ見すぎたのか、咀嚼していた分を飲み込んだらしい男の人が、わたしを見下ろしてきた。 「えっ……、えと……あの……」 「あんたが“いただきます”しないからよ」 いやそんなオカンみたいなことでは。 ジョディさんはさも当たり前でしょという風だけれども、もちろんそんなつもりは一ミリもない。生意気なことぬかしたんじゃないんだよめっそーもないと慌てて、どう訂正したことやらと考えていたら、男の人はほんの少し黙ってから、 「いただきます」 と言った。えっ。 「あ……あの……」 「これでいいか?」 「あっ」 うん、と思わず頷いてしまって、それから、その勢いでぽろりと言葉が転がり出た。 「あの……やみー?」 ぱちぱち。 緑の瞳が、反芻するように瞬く。 「……」 「……」 ウカツ。調子に乗ってしまった。よっこいしょっと美味しい和菓子マンみたいに図によじ登ってダンスしてしまった。もしかしたら言葉の意味も思ってたのと違ったのかもしれない。わたしじゃないですこの口です。こいつ、昔からこーいうヤツでしてハハ……。 じわっと冷や汗が吹き出て、買ったばかりの可愛いワンピースに滲んだ感覚がしたころ。 「ああ、そうだな――」 やみー、と返してくれた。ちょっぴり目を細めて。 び、びっくり。でも結構嬉しい。どうやら使い方は合っていたようだ。わたしのポンコツ頭もちょっとは役に立つようである。 なんだかより一層美味しくなった気がして、ヘヘヘと笑って次の一口を頬張り、ジョディさんの方を見てみたら、ニコニコしてくれているという予想とは裏腹に、なにやら目を見開いてぽかんとしていた。 |