B-9

 ラムの居場所は女のGPSによっていとも簡単に判明し、それから芋づる式にボスまで知れ、あとは叩き捕縛するだけだった。なんともあっけない幕引きだ。
 組織内の全てを掌握し牽引していた頭を刈り取ってしまえば、その後の統率を取るような幹部も既に軒並みいないためみるみるうちに集団は瓦解し、末端の構成員などそれこそ容易く次々と捕らえられていった。
 しかしそれを齎した女はというと、“弟弟子”を逃がすと、引きちぎられ血に塗れたピアスだけを残し、姿をくらませてしまった。

 それらの調査や報告や情報の整理をひとまずその日の分終え、帰宅のため駐車場に向かっていたときのこと。

「――♪」

 聞き覚えのある声が不自然に揺れていて耳を疑った。
 信じがたい思いでその元を辿れば、缶コーヒー片手に僕の車へ寄りかかる男の姿がある。どこか機嫌が良さそうに、僕も知る詞を口ずさみながら。歌やダンスなんてものから遥か遠そうな男だと思っていたのに。
 だが懐疑が吹き飛ぶのもすぐだった。そんなことよりなによりとにかく。

「……へ、へったくそですね」

 驚くほど調子外れ。

「そうかな」

 本人はケロリとして歌いやめたが、その、逆に難しいんじゃないかというほどの奇妙で歪な音が耳に残って離れない。なんだかぞわぞわと嫌な鳥肌が立つ。ある種のテロだ。前世でとんでもない粗相をしでかしたのかミューズに全力で嫌われているようである。子守唄の一つでも歌えば赤ん坊は夜が明けても泣きやまないだろう。地獄からやってきたんじゃないだろうな。

「ジャニス・ジョプリンに謝ってください、今すぐ」
「不思議だな、これはきみにも分かるのか」
「その歌詞が確かならね。あなたより教養があるつもりです。聞きましたよ、あなたの同僚から。工藤優作もシャロン・ヴィンヤードも知らなかったんでしょう」
「そうだったろうな」
「よくFBIに入れましたね」
「別に芸能人クイズもお歌のテストもなかったようだから」
「“お歌”」

 不覚にもふるふると腹筋が震えてしまう。どうしたんだこいつは。
 積極的に組織への手出しを始めてからというもの、やたら僕に被害が及ぶのを厭う様子で、なにかと行動を共にしようとするのは最早慣れるほどいつものことになっていた。自分が入れない領域や管轄外のことを僕がするときにはこうして待っていることも。だがこんなのはなかった。
 ――感慨深く思っているのだろうか。
 追い続けた、己の人生を左右した――大事なひとを喪う要因となった、組織の崩壊に。
 それで、多少は気が抜けたとでもいうのか。
 ……どちらかというと、今、僕のほうが抜けたけれど。

「……お疲れ様です」
「まだ終わってはいないが」
「それでもここまで、それなりにやってきた分」

 赤井の耳には、できものなんかじゃ到底言い訳のできない大きいガーゼがあった。機能も落ちているというが、痛みと同様、そんな素振りも見せはしないのだ。もしかしたらそれだって、彼にとっては一般的な感覚と異なるのかもしれない。
 しらとしたその顔には火傷痕や傷痕が生々しく残っている。きっと体にも、僕が知るよりもっと。

「ご褒美をあげます。ベンツもテレビもいらないでしょうから――夜の街を」

 せっかくですし、と言って助手席のドアを開ければ、赤井はすんなりと乗り込んだ。
 僕が運転席へ座ると、ポケットから出した缶コーヒーを渡してくる。まだ温かい。わざわざ僕が出てくる時間に合わせて買ったらしい。季節はいつの間にか息を白ませるほどになっていたから、手先を融かすようなそれは正直有難かった。プルタブを押し込んで蓋を開けて数口飲み、持っていてくれとまた赤井に渡して、シートベルトを締めてエンジンをかけた。ちゃんとベルトをしろというと、赤井は片手で缶を二つ掴み、もぞもぞとやりづらそうに従う。渡す前に言えばよかった。


 ちょっとばかり大層なことを言ったが、向かったのは霞が関から三、四十分程度のところにある、住宅街に囲まれた丘にある公園だ。遊びたがるわけでもなければ、別に高層ビルやタワーや、ホテルのレストランから夜景が見たいなんて文句をつける人間でもないだろう。あんまり情趣を解する男でもないし、そういう関係でもないし。
 道中空にした缶は車内に置いて降り、少し歩いて展望台へと向かった。赤井は文句も感嘆も上げず、ただ僕の後をついてくる。

 幸い天気も悪くなかったからか、階段を降りて開けたその先には、空との境すらほの明るく照らすきらびやかな光が幾千も広がっていた。
 僕が守る――守りたいと願う、国民たちが息づいていることを示す灯だ。

「百万ドルとまでは行きませんが、なかなか綺麗じゃありません?」
「……」

 赤井は黙って、それらの一つ一つを確かめるように見ていた、ような気がする。僕がそう思いたいだけなのかもしれないが。
 少なくともじっと、目の前の景色を瞳に捉えていた。
 しばらくの間そうしてから、その光たちを閉じ込めるように一度ゆっくり瞬くと、視線を移し僕の方を向いてくる。

「……ありがとう、もう充分だ」

 予想はしていたけれど、ずいぶんそっけない、もっと何かないのかと、一言二言突いてやろうとして――。
 男の表情に、言葉を失った。


 back 

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -